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パスト ライブス/再会のレントのレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
5.0
淡い初恋と郷愁

祖国から移住して24年がたつ妻ノラの寝言は常にハングルだ。それに言いようのない不安を覚えるという夫のアーサー。彼女の心の中には自分がいけない場所があるのでは。それは彼女の中の心の祖国であり、自分の知らない彼女がそこにいるのでは。
彼女たち家族が祖国での生活を捨ててまで手に入れたかったものが今の自分との生活なんだろうか。24年ぶりに再会しようとしているヘソンとナヨン(ノラ)。アーサーは嫉妬ではない言いようのない不安に襲われる。

捨てるものがあれば得られるものがある。ノラはヘソン(祖国)を捨てて自分との生活を得たことに満足してるのだろうか。アーサーは自分は初恋同士の二人の恋を邪魔する邪悪なアメリカ人の夫だとまで冗談交じりに述べてしまう。

ノラはヘソンと再会して彼の中に韓国人らしさを見出し、その韓国人らしさが自分にはないことに戸惑いを覚える。そしてそれこそが自分の中の韓国人らしさではないかと。祖国を恋しいと呟くノラ。
24年間祖国を離れてもけして消えない祖国への思い、アーサーが不安がったのはそんなノラが抱いてる祖国への思い、郷愁だった。その思いにアーサーは自分は到底かなわないものだと知っていた。だからヘソンとの再会をきっかけに彼女のその思いが強くなることに不安を覚えたはず。

ヘソンはすでに結婚しているナヨンに会いにニューヨークまでやってくる。24年間思い続けた初恋の相手に会うために。それは今の夫から彼女を奪うためではない、彼はナヨンに対して一度も愛してるとは言ってない。ただその気持ちに区切りをつけるためにやってきた。24年間の思いは彼にとってはとても尊いもの。再会でその思いも強まったはず、だが彼は24年前に置いてきぼりになっていた少年の心に踏ん切りをつける。ナヨンは自分から去る人だったと。少なくとも現世では。

冒頭で三人がバーカウンターに座り談笑してる姿を向かいの席の客が詮索する。彼らはいったいどんな関係なんだろうかと。

ノラとアーサーが夫婦でヘソンがノラの兄妹なのか、ヘソンとノラが夫婦でアーサーが彼らの友人あるいは観光ガイドなのか、見当もつかないと。それはすべて正解なのかもしれない。繰り返されてきた転生輪廻の中で彼らは時には夫婦だったり、友人だったりしたのではないか。
別れの時、ヘソンは今が前世で僕らは来世ではどういう関係だろうかと尋ねる。わからないとナヨンは答え、ヘソンもわからないという。

来世では二人がどういう関係かはわからないが、きっとお互いを愛し合っている関係であることには違いない。
この現世においても彼らは自分の気持ちを優先して相手を傷つけるのではなく、ただ互いのことを尊重し合っていた。相手のことを思いやり、愛をはぐくむような関係だった。

前述の冒頭のバーカウンターのシーンから傑作の予感がしていた。本作には一切無駄なシーン、無駄なセリフがなかった。いやセリフなんて言いたくない。それはこの映画の中で確かに生きている彼らが発する生の言葉だった。本当の生きた言葉だった。
劇中でのそれら彼らの言葉や行動が私の心に何の抵抗もなく浸透してくるのを感じた。何とも言えない映画体験。この監督はすごい才能の持ち主だと感じた。
役者さんたちに役を演じさせているというよりも命を吹き込んでいるといった方が妥当だろうか。彼ら三人は間違いなくその時その場所で生きている人間であり、彼らの移り行く心の機微を私は同じ時間空間で彼らの存在とともに感じていた。こんな映画体験はなかなかできないものだった。

ラストシーンでは思わず落涙した。切ないとかそんな感情ではない。言葉ではなんとも言い表せない感情におそわれた。リピート必至。
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