綾

パスト ライブス/再会の綾のネタバレレビュー・内容・結末

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

小さい頃、タイタニックを観ていて、でもローズの旦那さんはどうなっちゃうんやろう、彼も天国でローズを待ってるんじゃないの…?と思ったことを思い出した。

その気持ちを父にぶつけたら、「うーん、そうやなあ。でもこれはローズとジャックの物語やからなあ」と言われて、そっか、そういうものか、と納得した。でも、あのとき私が欲しかったのは、本作のような考え方だったのかもしれない。

それこそこれは去年、タイタニックのリバイバル上映で得た気づきなのだけど、人生は過去から未来へ続く「道」ではなくて、たくさんの現在が積み重なってできる「層」なのかもしれない。

だから36歳、24歳の私たちのなかに、12歳の私たちが、そのままいる。


福山雅治の「最愛」にある、「いつか生命の旅、終わるその瞬間も祈るでしょう、あなたが憧れたあなたであることを」という歌詞が大好きなのだけど、それは、愛する人の変化を丸ごと抱きしめるような姿勢に感動するから。

恋愛関係にかぎらず、家族でも、友人でも、誰でも。大切なあなたが、たとえ「私のよく知る、私の大好きなあなた」でなくなってしまったとしても、どうか「あなたにとって理想のあなた」になれますように。あれますように。

という思いの強さ、美しさ。それこそ、本当に誰かを想う、ということなのだと思う(大切な人たちの変化をつい寂しく感じてしまう私は、まだまだだなあと思いながら)


ノラもヘソンも、というかこの作品全体が、お互いの中の12歳を愛しく思いながら、それでも現在に押し付けたり混同させたりはしなくて、だから私も安心して「浸っていられた」のだと思う。

誰かの心の中に、なんらかの形でいつかの私が居続けてくれたなら、どんなに幸せなことだろう。

あるいは、誰かと一緒に変化していけること、新しい共有の「層」を積み重ねていけることは、どんなに素敵なことだろう。

ヘソンとの関係も、アーサーとの関係も、愛おしくて涙が出る。


前世や来世について考えていると、「今」がとても愛おしくなってくるな。

それは「きっと何か特別なご縁があるはず」という運命的な意味ではなくて、むしろ逆説的というか、今の私にできることは今を精一杯生きることだけなんだなって、意志の話。

今が、きちんと未来へ続いていくように。あるいは過去を抱きしめ、肯定してあげられらように。自分の手で。

今、目の前にいてくれる人たち、ものごと、大切にしていたいね。


「可能性のノスタルジー」という言葉や「最愛の人の他者性」という言葉も思ったな。
(前者はアントワーヌ・ローランの『赤いモレスキンの女』より、後者はどの著作か忘れてしまったけれど、平野啓一郎さんです)

あと「イニョン」というのは、まさに中国のことわざ「修百世可同舟」と同じやね。知らないだけで、日本語にもそういう言葉があるのかな。これは大好きで、とても大切にしている言葉なので、コメントのところに意味をぶら下げておく。


ノラとヘソンのようにドラマティックなものではないけれど、大人になってから過去の思いをきちんと片付ける、という場面が私にもあって。そのときに思ったのは、過去に起こった出来事は変えられないけれど、過去は自分の手で変えられる、いうこと。

24年越しにきちんと「さようなら」ができたふたりのように。

願わくは、過去のあらゆる選択を愛せるような、肯定できるようなこれからを生きていけますように。ノラも、ヘソンも、アーサーも、私も。
綾