マインド亀

パスト ライブス/再会のマインド亀のレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
3.5
現在、過去、自分の選択を見つめ直す良作

●基本的に中年男女のラブストーリーだと思って観に行ったのですが、全く違いました。自分の人生をどう生きるか、という「人生の選択」映画でしたね。
ノラとヘソンは韓国で育った二人の男女幼馴染。ノラは小学校で渡米し、その後ニューヨークで劇作家として活躍、アメリカ人男性の作家アーサーと結婚。一方のヘソンは兵役に行った後就職。今は(ヘソンの話では)結婚を迷っている彼女がいる…そんな二人が12年ぶりに再開するという話。
この映画はついつい、『花束みたいな恋をした』とか『ちょっと思い出しただけ』とか『ブルー・バレンタイン』のように、自分のほろ苦い恋愛経験語りをしたくなるような映画なんだと思うんですよね。それぞれの登場人物に、それぞれの選択があって、自分ならどういう選択をしたとかするとかを語り合いたくなるような作品で、自分もあながちこの物語に近いような経験もあって、記憶の蓋が開いちゃってそれに浸ったり…

●個人的なことを話すと、自分も学生時代からお付き合いしていた元彼女と、社会人になってからの遠距離でついたり離れたりをしたことがあったんです。それで離れていた一時期に今の妻と縁があり、スピード結婚をしたんですが、そのタイミングで遠距離の元彼女がこっちに来ようとしてたらしいことを後から本人からの電話で聞きました。
わずかに噛み合わなかった歯車の違いや選択肢によって、おそらく全然違う人生を送っていたんだろうなあと思うわけです(私ごとで恐縮です)。
なのに、この作品、期待値も高かったせいか、自分でもよくわからないんですけどあまりハマらなかったんですよね。
正直、今の妻と結婚してからは元彼女に対して全く心を動かされることはないわけで、そう考えると自分はノラの立場や気持ちに近いんだと思います。
そこまで近い立場にも関わらず、なんでこの作品がそれほどハマらなかったのかを考えるに、ヘソンの行動の一部始終に、ちょっと思い入れができず、「そりゃそうやろな」と思ったまんま映画が終わっていったからではないかと思うんですよね。
「前世では結ばれてたのかな」「今が前世なのかも」というセリフも、なんだか痛々しいセリフにしか思えず、そういう意味ではヘソンにちょっと同情しちゃうものの、アニメやドラマでよくある「幼馴染」の話の中でも、こじらせちゃった男性の一番可哀想なパターンだよな…と思ってしまいました。なんだかそこにもっと前向きになれるような要素が見つからず…二回目観る時はもっと真剣にヘソンの立場で観てみようと思いました。

●それから、この作品の三人の男女が逆転していたらどんな感じだったんだろう?ということを観ながら考えちゃったんです。アメリカで成功したのが既婚の男性で、韓国から幼馴染の女性が訪ねてくる…そうするとまた違う意味合いの作品だったんじゃないかな、と思うんですね。
もしかするとその男性に、多少身勝手な印象を受けてたんじゃないかと思うんです。家族の都合とはいえアメリカに渡ってから、幼馴染の彼女のことを忘れ仕事に熱中。フェイスブックで思わせぶりなやり取りをしながら、アメリカ人の女性と結婚。それでもアメリカまで訪ねてきた幼馴染の女性に平然と会わせてくれ、と妻に言い、あまつさえ三人で食事をする。初日には二人で会うわけですから、妻は信じてくれるでしょうか。
そうすると脚本自体も変わってしまうかもしれませんね。今の潮流だと、男性はアメリカで仕事に行き詰まり、家庭では妻との関係がうまくいかない、「弱い男性」が強調されるかも。そんな時に過去の女性が会いに来て、ついついそちらにしだれかかってメリーゴーランドの前で下手したらキスをしてしまってたかも〜なんて考えすぎでしょうか。
そう考えると、本作は女性の、特にアジア人女性の、ノラのような「人生をあきらめない」力強さを体現するうえでとても重要な作品なのではないでしょうか。アメリカや韓国、日本ですらキャリアと家庭を両立するのがまだ難しい女性の立場だからこそ描かれた強いヒロインなのかもしれませんね。

●とはいえヘソンも韓国で男性優位の社会に生き、成功こそ生きる意味だというプレッシャーに押しつぶされそうになっている。そんなところに共感できる人々はたくさんいるのではないのでしょうか。
ヘソンはとても見た目がスマートでハンサムではありますが、ビジネスではないのにシャツをピッチリとしたスラックスに入れ、リュックを背負ってる姿が、なんだか精神的に幼いような印象のファッションなんですよね。なんだかまだ可愛らしい感じがするし、自由主義の進んだアメリカ社会と、まだまだ閉塞感のあるアジアの精神性や未成熟さとの対比にも見えました。
比べてノラの夫アーサーはマチズモとは無縁の世界に生きているように見えます。『ファースト・カウ』でマチズモ全開の西部開拓時代において、花を飾ったりお菓子を焼いたりするクッキーを演じたジョン・マガロというのもぴったりですね。ノラとヘソンが前世でや来世で結びついていようが、現世でノラと結婚するのも納得の人選です。
二人が自分を蚊帳の外において話し始めようとも、落ち着いていましたね。

●ラストは左→右が過去→未来の時間を表しているわかりやすい構図で、横スクロールの印象的なシーンでした。体感的にもすんなり観客が受け入れやすい構図で、きれいにまとめた印象でした。
ただ、私があまりこの映画にのめり込めなかったのも、この整然としたキッチリさというか、監督の演出意図がはっきりと全編にわたってコントロールされすぎてて、なんだかそれ以上に訴えてくる、演出意図を飛び越えた強烈なエモーションが少し足りなかったからかな、と思いました。すごくまとまりすぎ。キレイすぎ。いや、なかなかに自分でも自分勝手で贅沢なことを言ってると思いますが。
ただ、後何回か見てみないといけないですね。その時その時に感じることが違う、奥の深い作品であることは間違いないです。ぜひ観てください。
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