あんず

東京SWAN 1946~戦後の奇跡『白鳥の湖』全幕日本初演~のあんずのレビュー・感想・評価

4.3
今日、日本に習い事としてバレエがあり、バレエ人口が多いのもこの映画に出て来た人たちがいてくれたからなんだなと思うと胸が熱くなる。

1946年、まだ焼け野原の東京。帝国劇場で誰も見たことのない(文字通りどんなものかダンサーたちも誰も知らない状態)『白鳥の湖』を全幕初演するという無謀とも思える挑戦をした先人たち。稽古着もまともなトゥシューズも食べるものすらない中、恩師エリェナ・パァヴロバの悲願を成し遂げるために奔走し、必死に練習を重ねる。さぞ苦労しただろうと思うけれど、ご存命の当時のダンサーたちは楽しかったと生き生きとその時の様子を語る。80~90代とご高齢だが、姿勢も美しくお洒落で素敵な方たちばかり。

当時の映像はないが、話を聴いたりパンフレットや写真を見るうち、Kバレエカンパニーの宮尾俊太郎は当時の振り付けで踊ってみたいと思うようになり、先輩方の協力を得てKバレエカンパニーのダンサーたちと踊り始めるが、当時と今とでは振り付けが異なり、特に今は省略されることの多い演劇的な要素のマイムに苦戦していた。

「心で踊る」ことが重要と言われるが、それがピンと来ず宮尾さんは「踊ってみて下さい」と振り付けを教えてくれている舞踊評論家のうらわまこと先生(1935年生まれと今知ってビックリ)に頼む。先生が踊り出した途端、私は泣きそうになった。うまく言葉には出来ないけれど、確かに先生の表情、動きからは気持ちが感じられた。宮尾さんも何かを感じ取り、涙を流していた。

今のダンサーたちはテクニックや体格の良さに頼りがちで、心を表現することをあまりしていない気がすると先人たちはおっしゃっていた。当時の振り付けで『白鳥の湖』の一部を再現した舞台はスクリーンで観ることが出来、とても貴重な体験だった。美しいだけではなく、熱い想いが込められていて、バレエに限らず全てのことは、形だけでなく先人たちの想いを受け継ぎ、さらに自分たちの思いも込めて次の世代に引き継がなければ廃れて行ってしまう。アートだけでなく、良い習慣とか美しい言葉とか美味しい料理とか、自分自身にも関係することと思い、素敵なダンサーたちのように姿勢を正してちゃんと生きなきゃなと思った。

TBSドキュメンタリー映画祭2023で鑑賞
満員御礼。もっと上映回数を増やしてくれたらいいのに。一緒に行きたがっていた人も観られず、悔しがっていた。
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