しの

ビヨンド・ユートピア 脱北のしののレビュー・感想・評価

3.9
こんな映像がスクリーンに公開されている状況自体が大丈夫なのか? という緊張感がずっとある。作中でも言われるように、SF映画の設定なのではないかと思ってしまうような国家だが、これはSF映画でもスリラー映画でもないのだ。それを伝えるために何人の命がかかっているのか……。

監督が編集段階の映像を友人に見せると、「すごい再現映像だね」というリアクションが返ってきたというが、この脱北の映像だけ見せたら多くの人が同様の反応を示すのではと思う。合間合間に関係者のインタビューが挿入されると、ああそうだドキュメンタリだったと気づく。

もちろん、冒頭で再現映像不使用とのテロップが表示されるのだが、それを忘れそうになる瞬間がある。脱北を行う2組を軸に構成されていて、片方は生々しい素材をそのまま使用しているし、もう片方は電話で状況を聞くしかない母親を劇映画的に捉える瞬間がある。顛末も含めてのこの対比。しかしいずれも、今この世界で起こっているリアルに他ならない。

そしてこの作品は、その事実を我々に知らしめることはもちろん、「知る」ということ自体の重みをもテーマにしている。総書記をどう思っているかという質問に対して、脱北者たちがどう答えるか。これが情報の重みなのだ。したがって言うまでもなく、世界はそれほど単純ではない。彼らの祖国への想い、自らの人生に対する想いというものは容易に想像できるものではない。しかし、北朝鮮という国の歴史背景的にも我が国は紛れもない当事者だし、そうでなくても「国家」のあり方の話として全く他人事ではない。

色々と衝撃すぎて2時間があっという間だったが、なかでも自分の心に残っているのは、脱北する子どもたちの表情だった。こんな極限状態なのに祖母を気遣ったりしていて、見ていて本当に辛い。そんな彼女がメコン川を渡るときに見せる表情。その複雑さと生命力。少なくとも自分は「知れて」よかったし、知り続けなければならないなと思う。必見だ。
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