YAJ

ビヨンド・ユートピア 脱北のYAJのネタバレレビュー・内容・結末

3.0

このレビューはネタバレを含みます

【洗脳】

 北から景気よく3発もの弾道ミサイルが発射されたと、リモートで業務開始したところに、そんな速報が飛び交った週明け。

 もはや驚きもしないけど、将軍様も、どのタイミングで、何を目的にやってるのやら? なんの挑発?
 なんなら国内のとある一部に向けての示威行為だとしたら、ホント迷惑な話だ。本作でも、飛行機を撃ち落とす高射砲で政敵を狙撃した、なんて話も出てくる。相手はアトカタもないことだろう。

 さて、本作。脱北を試みる家族を追ったドキュメンタリー。
 幼い子ども2人と80代の老婆を含めた5人家族と、先に脱北を果たし17才の息子の脱北をサポートする母親のふた家族を軸に、これまで1000人以上の脱北を支援してきたという韓国のキム牧師の活動を追う。

 メインストリームは、5人家族のほう。北の国境の河を渡り中国領内へ。その後、ベトナム、ミャンマー、ラオス、タイを経由して亡命先の韓国を目指す、移動総距離1万2000キロにもおよぶ決死の脱出作戦が展開される。
 コロナ前の出来事で、コロナ後は各国の国境封鎖がきつくなり、今はますます困難を極めているらしい。

 ドキュメンタリーと銘打っている。また、作品冒頭に「再現フィルムは一切使っていない」との注釈がはいる。時折、過去を語る時、再現アニメーションは流れる(日本人アニメーター作)。
 要は、映像部分に嘘はない、リアルタイムで撮影したもの、ということが強調されている。

 キム牧師の活動も驚くが、その協力者として、各地に身を潜めるブローカーの存在が凄い。連携し、脱北をサポートしている現状が、逆になにやら恐ろしい。
 もちろん、道義的、人道的立場には立っておらず、多くはブローカレッヂに応じた働きをするものだろが、その組織力だったり、裏切りをさせない、なんらかの契約的縛りの巧妙さを思うと(それは明らかにされないが)、温和なキム牧師の裏の顔にも、つい想像を拡げてしまう。

 彼の地で暮らす人々の想像を絶する人生を思うと、その一端を垣間見れるという意味で、貴重な映像作品でした。



(ネタバレ含む)



 北朝鮮の、というか独裁、強権政治下の怖ろしいところは、教育という名の洗脳が国民の隅々まで行き渡っていること。本作でも、80歳の老女が、無事に脱北を果たせてからのインタビューでも、「将軍様」という言い方と崇拝の念が拭えてないところが怖ろしい。三つ子の魂なんとやら。
 『太陽の下で』(2015)というドキュメンタリー映画でも、8歳の少女が将軍様の威光を思い浮かべ笑顔を浮かべるラストシーンに背筋が寒くなったことを思い出す。
 少女と老婆の受け答えがフェイクだとしたら、芦田愛菜級の子役か、無名の超ベテラン女優をキャスティングしないと成せない演技だ。おそらく、素の姿だと思いたい。

 1949年9月の建国以来、70年以上続く金日成一族による支配。情報統制と閉鎖された状態に保ってこれた恐ろしさたるや。国民に、そこが「地上の楽園」だといかに信じこませるか。金一族を神として敬い慕う、もはや宗教、それこそ洗脳のなせる業。
 その裏側で、アウシュビッツ以上の拷問、処刑、人権侵害の数々が行われているのだろう。ときおり差し挟まれる隠しカメラによる、体罰、処刑の映像、1990年代の貧困時代の飢饉の様子は、想像を絶する惨たらしさだった。
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