朔

マリウポリの20日間/実録 マリウポリの20日間の朔のレビュー・感想・評価

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呼吸が浅い、震えが止まらない、こんなこと、許されてはいけない、許してはいけない。
どうしてこんなことになるの、どうしてこんなことができるの。理解できない、理解したくない。こんなの、見たくなかった、それでも、目を背けてはいけなかった。
焼け焦げた猫の死骸、死にたくないと泣くまだ幼い子供、真っ赤に染まったサッカーシューズ、誰のものかもわからない血溜まり、殺してと呻く骨盤の潰れた妊婦、土色の赤子、積み重なるもはや名もなき死体の山々、数字の記された夥しい数の看板、…
命がうまれるはずの場所で、失われた命。命が失われていく場所で、うまれた命。絶望の涙。希望の涙。
夜に夢を見ることも、明日を夢に見ることも、許されない現実。
戦争が終わったとして、失われた命は蘇らない、生き延びたとて、命のほかの何もかもを失って、それでも、ほんとうに、戦争が終わったと言えるのか。

身動きが取れない。どうすれば、どうしたら、なんて、なにもわからない。なにもできない。
自分はあまりにも無力で、何もないような心地にさえなるが、家も、家族も、命もあって、日常を、のうのうと、生きている。
幸福である。些末な不幸を抱えていられるほどには。血を流す人々の、その命の重さを、知らないでいられたのだから。
自分の愚かさを思い知る。自分が情けなくもなる。
ただ一方で、幸福を愚かしく情けなく思わなければいけないなんて、そんな世界はおかしいはずだ、とも思う。
ひとはみな、あたりまえに、幸福であるべきだ。
一刻も早い、終戦を、平和を、人々の、幸福を、日常を、願います。
朔