ボー

マリウポリの20日間/実録 マリウポリの20日間のボーのレビュー・感想・評価

5.0
 画面はあまりに混沌としているのに、恐ろしい静けさに満ちた映画だった。人は泣き叫ばないこともあるのだと、知っていたけれど思い知った。爆撃により負傷し、担架で運ばれる妊婦の方の映像がある。その方は静かだった。致命傷を負っているようには見えないほど静かだった。後にその方は、搬送先で殺してくれと叫んだのだそうだ。そんなこと想像もできないほどに静かに運ばれていた。私を含めて、人は困難な状況の相手へ分かりやすい悲劇性を期待する傾向にある。そんなものはない。ただただ破壊と混乱があるだけで、"悲劇"などという物語には落とし込めないのが、本当の戦場なのだ、と訳知り顔で語ることさえおこがましいか。
 観ている最中は何何何何ウッッソだろ!?!??!の連続で、いっそ涙が引っ込む。そして鑑賞から数日経ち、やっとあの混沌が現実に起こったことだと咀嚼しきり、あまりの遣る瀬無さと悔しさ、想像を軽々と裏切る辛苦を思い、涙が出てくる。ひたすらに悔しい。納得できない。これは泣きながら書いているが、何の涙なのか分からない。
 ただ一つ言えるのは、このカメラに映っていたのは、ウクライナ人記者が正しく撮影できる範囲ということだ。ロシア軍の占領下でどれだけの想像を絶する蛮行があったか、24年の私たちは知ってしまっている。だからこそ、一人でも多くこの映像記録を観る人が増えることを切に願う。
ムスティスラフ・チェルノフ氏とそのチームに心から敬意を表します。
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