あかぬ

ゴッドランド/GODLANDのあかぬのネタバレレビュー・内容・結末

ゴッドランド/GODLAND(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

19世紀のデンマークからアイスランドへ教会を建てるため、布教の旅へ出る牧師の物語。脚本はフリーヌル・パルマソン監督のオリジナルで、アイスランドで発見された古い木箱の7点の古写真から着想を得たのだそう。
今作ではアイスランドとデンマーク、この2カ国の言語の違いをめぐる人間の衝突が描かれる。当時のアイスランドはデンマークの植民地で、作中にはアイスランドでデンマーク語を話せる人はいても、デンマークでアイスランド語を理解する人物は出てこない。主人公のデンマーク人牧師ルーカスにも、旅を共にするアイスランド労働者をどこか見下しているような態度が度々見受けられる。
そしてこの主人公がどこまでも愚かすぎて面白い…。

アイスランドへ船で向かうという安全で楽な選択をとれた状況で、ルーカスはただ道中の記録写真を撮影したいという安易な考えから陸路での横断を決意。
しかし、ルーカスの思惑とは裏腹に、その先には想像を絶する過酷な試練が待ち受けていた。アイスランド語しか喋らない無骨な案内人ラグナルとの衝突を繰り返した上に、道中の事故で通訳を失い集団から完全に孤立、さらに厳しくも美しい大自然のふるう猛威に肉体も精神も蝕まれたルーカスは、自ら選んだ過酷な道程によって狂気に陥り、死の淵を彷徨うことになる。
ここまで痛い目に遭えば、自身の傲慢さや偏見と向き合い改心しそうなものだが、ルーカスはその傲慢さをラスト1秒まで貫き通す。彼は最後まで自分のことしか考えていないし、絶対に学ぼうとはしない。
やがてルーカスは瀕死の状態で目的地へ辿り着くが、未開の地での教会の建設、布教活動という使命はどこへやら。生き方を変えて救われたいと願う男を救おうともせず殺人を犯した上に、デンマークからの入植者一家の娘アンナと婚前交渉をしてしまう。挙げ句の果てには神を盲信できなくなり村から逃走とな。少々呆れ気味になってしまうほどの愚行の数々、これほど共感し難い主人公も珍しい。

そして、そういう、愚かな人間をただ見下ろし、万物を受け入れ呑み込んでいくアイスランドの荘厳な自然が圧倒的な存在感を放ち、この作品を唯一無二の存在にしている。氷河に閉ざされた湖、堂々とした佇まいの滝、マグマが噴き出す火山地帯、風が吹き荒む果てない荒野など、人間が立ち入ることも許されないような自然の数々には形容し難い感動を覚えた。荘厳な自然に対して、ちっぽけな人間たちの苦悩が不思議な遠近感で描かれていて、それが少しユニークにも見える。
だれの手にも染まることのなかったあるがままの姿の自然を前にすれば人間も馬も区別などできるわけもなく、ただの獣でしかないのだと思い知らされる物凄い作品。

アイスランドを思いきり見下し、優越感に浸りきっていた男が、忌み嫌っていた土地で朽ち果てていくとは…なんと惨めで悲しき最期か。そして、そんな男の遺骨を前にしてアンナの妹が流したあの涙で彼は少し救われたのではないか。
それで、ラストは爆音のデンマーク国歌でフィニッシュて…。やはりルーカス、君って人は本当に面白いよ。

memo
・前半のロードムービー風に描かれた旅の様子は、約3ヶ月ずっと野外で過ごしながら撮影を行った。夏のアイスランドは夜も完全には日が沈まず、一日中明るいまま。
・すべてを現実のまま映すため、35ミリフィルムを使い、全編自然光で撮っている。
・馬が死んだ後、完全に土に還るまでを映した映像は、監督の父が実際に飼っていた馬の一頭を映したもの。馬が死んだ時に高さ4メートルの台を作り、その上から死体が腐り果て、やがて土と同化していく様を2年かけて撮影した。
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