社会のダストダス

テトリスの社会のダストダスのレビュー・感想・評価

テトリス(2023年製作の映画)
4.7
こちらもマリオと同様におそらくは誰もが名前くらいは知っているであろうゲームの誕生秘話に迫った作品、まさに映画みたいな本当の話といったところか、当然脚色はあるのだろうけど半端ない衝撃度だった。

“テトリスを5分プレイしただけで、今も夢にブロックが出てくる。クセになるというより頭から離れないんです。”

タロン・エガートンのこの台詞を私自身は経験したことないけど、大げさではないことを知っている。昔、ゲームを全くやったことが無かった私の母上に、ゲームボーイのテトリスを遊ばせたら私以上にハマってしまった。そしてゲーム機を自分に見つけられない場所にしまうようにと言ってきた。

テトリス(Tetris)とは… ギリシャ語の4“テトラ”とテニスの造語。ブロックはどれも4ピース、何故テニスかは分からない。

1988年、アメリカのビデオゲームセールスマン、ヘンク・ロジャース(タロン・エガートン)は家電見本市にて、一本のゲームに出会う。ソビエトの科学者が個人で製作したという「テトリス」に魅入られたヘンクはその場で販売権を買い付ける。このゲームを世界に広めたいヘンクだが、テトリスを手にするためには鉄のカーテンに閉ざされた崩壊寸前のソ連で危険な心理戦に臨まなければならなかった。

冷戦を溶かした熱いドラマ、2023年ベスト出たかもしれません… 何かそんなことを書くのは、この1カ月で三度目くらいな気がするけど。『ザ・スーパーマリオブラザーズ』が公開されて絶好調な今になり、そういえば少し前にAppleTV+で本作が配信されていたことを思い出しての鑑賞。期待をはるかに上回る良作、入会しておきながら危うく今年ベスト級の作品をスルーするところだった。

作風としては、『アルゴ』+『AIR/エアー』+『クーリエ』÷3=『テトリス』という謎の配合結果、なんでそうなった。ゲーム業界の実話ものだから、もっと明るくポップな作品かと思いきや、ジャンルはスリラーになってるし、ソ連KGBなどの諜報機関まで話に絡んできてイカツイ顔のおじさんがたくさん出てくる。思いのほか命がけのストーリーだけど、死人は出ないのでそこは安心して大丈夫です。

実は初めて観るタロン・エガートン出演作品だった、素晴らしい。時々出るたどたどしい日本語が何とも可愛くて癒しでもあった、ヘンクが英語で話して娘が日本語で話すのは言葉のキャッチボールが大変そうな家族だと思ったけど。本作のチョビ髭を生やした顔や任天堂本社に向かう時のピョコピョコSEとかマリオに見える瞬間もある、そういえばマリオがよく使う「オーキー、ドーキ―!」っていうシーンもあった。


主な登場人物:
Player 1 ヘンク・ロジャース(タロン・エガートン)…BPS社。テトリスの日本向けの権利を購入した …はずだったが。

Player 2 アレクセイ・パジトノフ(ニキータ・エフレーモフ)…テトリスの開発者でソ連の科学者。共産国家ゆえに彼は一文も得をしない。

Player 3 ロバート・スタイン(トビー・ジョーンズ)…開発者のアレクセイからゲームの権利を買い取ったロンドンの実業家。契約書に問題あり。

Player 4 ロバート・マクスウェル(ロジャー・アラム)…ミラーソフト会長でメディア王。絵に描いたような古狸。

Player 5 ケヴィン・マクスウェル(アンソニー・ボイル)…ミラーソフトのCEOでドラ息子。マクスウェルさんと呼ばないと怒りだす。

Player 6 サッシャ(ソフィア・レベデヴァ)…ヘンクの通訳を買って出るロシア人のお姉さん。かわいい。


テトリスを権利争いの図式はかなり複雑なものだったことが明かされる。開発者はロシア人(ソ連)で、イギリスの実業家(アンドロメダ社)が権利を買い、ミラーソフトの元で全世界向けの権利を販売、ヘンク(BPS社)はPC版、アーケード版、コンソール版(家庭機用)の日本向けの権利を買い任天堂と業務提携をしようとする。ところがアーケード用は既にSEGAへ売却されていたことが後から判明し、テトリスの価値に気づいたソ連側も政府主導で介入する。任天堂は初の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」にテトリスをローンチタイトルとして発売するために、新たに携帯機版の権利も発生し争奪戦が勃発。

作中で主な争点になっているのは携帯機版の権利だが、日・英・米・露の登場人物が入り乱れてのスマブラ状態なので、誰がどの立場で何を何のために争っているのか少し煩わしさはある。当時はPCとコンソールの定義が曖昧なことによる誤解もあり、ソ連側もある意味詐欺の被害に遭ったような状態になっている。資本主義対共産主義という分かり易い図式にはなっているが、どちらも一枚岩ではないので人物相関図が多少厄介。

共産主義者たちや日本人のステレオタイプな描写など、おやおやと思う部分もあるけど、この題材の作品では異色の諜報戦というのは斬新だったし、ゲームボーイで育った世代としては、これはもう細胞に刻まれた記憶を呼び起こされるような感覚になる。まだ門外不出だった開発中のゲームボーイがお披露目されるシーンの神々しさよ、『AIR/エアー』にノスタルジーを刺激された方々もきっとこんな気持ちだったのだろうか。テトリスのイメージに則ったチャプター表示やテーマ曲をアレンジした劇判などもキマっている。Appleさん、これは劇場公開もしてくれてよかったのよ。

本作、サントラ面の充実が特に凄い。『ザ・スーパーマリオブラザーズ』でもマリオのトライ&エラーで掛かっていて、『ブレット・トレイン』でも使われた「♬Holding Out For A Hero」をまさか本作でも聴くことになるとは。今回は日本語版のほか、終盤のカーチェイス(なぜゲームの誕生秘話なのにカーチェイスがあるのかは置いといて)で掛かる際はロシア語だし、色んなバージョンを知った。あとテトリスのテーマをアレンジしたスパイ映画っぽい劇伴が無駄に格好良いし、テトリスのテーマを使ったaespaの『♬Hold On Tight』がメチャクチャ良い。

テトリスに関する多少の前提知識はあったほうが楽しめるけど、これでAppleTV+3か月分くらいの元は取れた気になった。Appleオリジナル作品としては、日本では配給が変わった『CODA』を除き現状これが一番好き。