幽斎

フライトリスク ~墜落事故の真相~の幽斎のレビュー・感想・評価

5.0
2018年10月と2019年3月に相次いだ、ボーイング社製の旅客機に依る墜落事故。安全より利益を優先したボーイングは厳しく非難されたが・・・責任を取らないアメリカと言う国の本質に是非とも触れて欲しい。AmazonPrimeで0円鑑賞。

私は成りたい職業の2番目がパイロットで今もアメリカ軍の航空祭に出掛けます。レビューでは一部専門チックな書き方をしますが、映画は飛行機に詳しく無くても分る内容なので、宜しくお願いします。

「ボーイング737MAX」最初にロールアウトしたのは737-7型機で2018年2月5日。ボーイングは787の後継機の開発に着手。当時はフランス・エアバス社が新型A320の機体に燃費の良いエンジンを搭載したA320neoをローンチ。旅客機として世界初の戦闘機でお馴染みデジタル式フライ・バイ・ワイヤを搭載。当時は200名程度の最大座席数で燃費の良い航空機が求められた。エアバスは西ドイツの子会社と合併しアメリカと拮抗。

皆さんはボーイングは747の様な民間機のイメージだろうが、現在は最新鋭のステルス戦闘義F-35のライバルX-32を開発したり、世界初のステルスヘリコプターRAH-66コマンチや有名なV-22 オスプレイ等、エアバスに対抗すべくライバルのマクドネル・ダグラスを買収、戦闘機F-15やF/A-18も手に入れ世界の翼を制覇する野望を隠さない。

737MAXはエアバスに搭載されたフライ・バイ・ワイヤが一部しか無い。Fly by wireは超簡単に言えば油圧で動いたモノを電子化してコントロールする事。機械よりきめ細やかな制御が可能で、人的負担も減る一石二鳥。F-35ライトニングの様にAI制御も有るが、戦闘機のメカニズムが民間機にフィードバックされるのは、車のF-1と乗用車の関係に似てる。MCAS Maneuvering Characteristics Augmentation System、長いよ(笑)。操縦特性向上システムはセンサーを駆使して機体を制御する。簡単に言えば失速を防ぐシステムだが、ボーイングのマニュアルに依ればMCASを解除するには「オートトリムを切り、スタビライザー制御システムのカットオフスイッチを切ってマニュアルにし、手動でスタビライザートリムホイールを回してジャッキスクリューを回転させなければならない」熟練のキャプテンでも瞬時に出来るだろうか?。エアバスはボタン1つなのに。

就航して17か月後の2018年10月29日、インドネシアのジャワ海でライオン・エア(LCC格安航空会社)610便ボーイング737MAX 8型機が離陸後約10分で墜落、乗客乗員189名全員が死亡。フライトレコーダーの解析で、2つ有るセンサーの内、1つが故障で誤った角度を表示。MCASは機首が上がり過ぎてると判断して下降、上昇操作を行うパイロットとの鬩ぎ合いで墜落。機長より操縦特性向上システムが優先された。

5ヶ月後の2019年3月10日、エチオピアのアディスアベバ、ボレ国際空港より離陸したエチオピア航空(国のフラッグ・キャリア)302便ボーイング737MAX 8型機が、離陸後約6分で墜落、乗客乗員157名全員が死亡。FAAアメリカ連邦航空局が暫定報告書をライオン・エアの墜落事故後に発表したが、MCASが異常を起こした時アフターケアを操縦士が行なったにも関わらず、墜落したと報告。本作の物語は此処から始まる。

基本的にアメリカ人は自分で罪を認めない。元クリスチャンの私が言うから間違いないが、彼らは自発的に決して謝らない様に子供の頃から教育される。私はアメリカで就労経験も有るが、自分の考えを相手に分かって貰う為に必ず主張する。分かり易い例で見知らぬ人と人の間を通り抜ける時「Excuse me」直ぐに言うが、ブツかっても非を認める「I’m sorry」は言わない。もう文化レベルの総意。アメリカは謝る人=弱い人=責任を認めるに為るので、先に弁解が始まる。貴方の彼氏がアメリカ人なら言い訳が多い筈だ。

じゃあドッチが正しいか皆に聞いて貰うのが、陪審制。裁判より陪審の方が偏見に晒されると、映画の陪審シーンを見て思うだろうが、ソレに輪を掛けるのが裁判のパフォーマンス化と弁護士への高額な成功報酬。レビュー済「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」の相手はロックフェラー財閥に次ぐアメリカ三大財閥のデュポン社。本作はアメリカでもトップに君臨する軍産複合体ボーイング。彼らの弁護団なら社長が目の前で人を殺しても無罪を勝ち取るだけのエビデンスを揃える。胸糞ついでに「ダーク・ウォーターズ」超傑作なので見てね(笑)。

真の主役は犠牲者の遺族達。本作はAmazon制作の映画だが、意外に思うだろうがアマゾンはアメリカ政府には常に批判的である。同じAmazon映画でレビュー済「ザ・レポート」死ぬまでに観て欲しい傑作だが、本作もコングロマリット側では無く、被害者の弁護士チーム、ボーイングの内部告発者、本件でピューリッツア賞を受賞したシアトル・タイムズ紙のDominic Gatesの視点を織り交ぜ、多角的に描く点が秀逸。同じ事件をテーマにNetflix「地に落ちた信頼 ボーイング737MAX墜落事故」も有るので参考までに。

航空事故を扱ったドキュメンタリーと言えば、National Geographic「メーデー!航空機事故の真実と真相」は有名。日本では7シーズン計60話が放送されたが、私の父親世代なら1989年2月24日午前2時9分9秒、ハワイ標準時にホノルル国際空港付近の高度約6700mで飛行中のユナイテッド航空811便の貨物ドアが飛行中に脱落した事故は記憶に有るかもしれない。此のシリーズでは謎の多い2014年「マレーシア航空370便墜落事故」を機長の自殺としたが、此の回だけ日本では放送されなかった。

派手な演出は一切なく、被害者側の家族と製造責任者であるボーイング社、所管するアメリカ連邦航空局の三者の意見を淡々と描くが、過程で明かされる事実に、貴方も下手なスリラー映画を凌駕するシーンに「身の毛立つ」だろう。アメリカは自由で法に支配された国と言うのは「幻想」と気付かされる。企業と政府が責任逃れでタッグを組めば、正論も罷り通らず最終的に起訴も処分もなく、誰も責任を取らない。裁判でも「勝者の論理」が優先され、勝利する成果を得る事で、得る為に取った手段や過程を正当化する。

記憶に新しい東日本大震災も同じでは?。私は京都在洛ですが東京電力の誰かが責任を取ったと言う記憶は無い。確実なのは国は東京電力に責任を押付け、停電を避ける為と称して企業を生かさず殺さず運営を黙認。アレが民主党政権で無かったら、と思う方も居るだろうが、ソレ以前に監督責任者である国も何も責任を取って無い。誰に責任が有るのか明確な根拠を示さないまま、時間の風化を待って復興と称して国民の視点を反らした。レビュー済「MINAMATAミナマタ」も同じ。だが、日本とアメリカでは決定的に違う事が有る。ソレは「勇気ある内部告発者」の存在。

私の子供の頃の印象では民間機のボーイングは日本のフラッグ・キャリアJAL日本航空の意向も有り、馴染みが多く好きな航空機メーカーだった。逆にマクドネル・ダグラスやエアバスの方がオンポロ。しかし、ANA全日本空輸のエアバスA380は全てに静かで機体のローリングも少ない事に驚いた。飛行機に乗ってる気にさえ為らなかったのは誇張では無い。ドイツの技術者を取り込んだエアバスは、無敵のアメリカに風穴を開けた。小型機で日本のHONDAがダントツ人気なのは実に誇らしい。

日本もボーイングに下請けとして参加、787は35%は日本製。しかし、此の機体もバッテリーから出火する事故で、機体の全てが世界で一時運航停止に為る過去に例のない重大インシデントを憶えてる方も居るだろう。ソレでもNTSBアメリカ国家運輸安全委員会は「航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%。アメリカで自動車に乗って死亡する確率は0.03%」だが、乗客の責任で事故が起こせないのも飛行機なのだ。

アメリカは経済優先で合従連衡を繰り返す。ロッキード・マーティンとノースロップ・グラマンは旅客機から撤退、マクドネル・ダグラスはボーイングへ吸収、残ったのはボーイング1社のみ。ロッキード事件で有名な(笑)、トライスターはロッキード製。エアバスと海を挟んで切磋琢磨するのが本来在るべき姿。国内のライバル会社は居なく為るが、独占禁止法に抵触しない摩訶不思議。ソレを安全より株価優先の体質が招いた「人災」と斬り捨てたアマゾンには目を見張る。本作で勝利したのは被害者家族か?。FAAやボーイングは逃げ切ったのか?、真実を貴方の「目」で確かめて欲しい。

国や大企業が必ずしも正しいとは限らない、日本人も真実を追求する自覚を持つべきだ。
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