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夜明けのすべてのcalinkolincaのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0
すっごくいい映画だった。

ひとがひとを想い合い、その想いがひとを変えてゆく。その想いの交歓をあまり語り過ぎない引き算の効いた演出で観客に登場人物たちの心情を想像させる三宅唱監督の手腕にまず拍手。

例えば山添くん。
早退した藤沢さんの忘れものを届けに行くシーン。
初めはパニック障害である自分を心配して何かとおせっかいを焼いてくる藤沢さんを疎ましく思っていたのに、髪の毛を切ってもらった一件で藤沢さんに心をゆるし、気のおけない関係になる。そして、物語前半でいらない、と突っぱねた藤沢さんが置いていった自転車に乗り、気持ちよさそうに青空の下、自転車を漕いでいる。
そんななんてことない瞬間の山添くんの表情をしっかりと撮ることで私たちは気づくのだ。あぁ、山添くんはもうあの頃の山添くんではない、山添くんは藤沢さんにもらった自転車に救われ、その自転車に乗って藤沢さんを救いに行くことができたのだ、と。

それは山添くんと藤沢さんを見守るひとたちに置いてもそうで、私は特に、山添くんを陰ながら心配し見守っていた辻本さんの涙に山添くんへの上司としての「想い」を感じ、彼が山添くんの前で泣くシーンでもらい泣きしてしまった。だっていきいきと会社のことを語る山添くんを見た、辻本さんの「もう大丈夫だな、山添。」という声が私にはちゃんと聞こえたんだ。

私が一番好きだったのは、藤沢さんが山添くんの髪を切って失敗した髪の束を見て、山添くんが爆笑するシーン。それまで頑なだった山添くんが藤沢さんに心を開き、グッとふたりの距離が近づくきっかけとなった、大切なシーン。
あそこからやはり、ふたりの関係がゴロリと変わった。

と、ここまで描いて、男女二人のラブストーリーを思い描いたあなた、この映画が新しいのはそんな、男女二人が集まればすぐに惚れた腫れたの関係になることを想像してしまう私たちの古くさい価値観をアップデートしたこと。
そもそも、私たちの生活の中であんなドラマや映画みたいに男女二人が職場で机を並べてにいただけで、すぐだれかれ構わず好きになります?そんな恋愛感情を抜きにしても私たちは想い合える、助け合える。そんな関係を描いたのが「夜明けのすべて」の新しさであり、素晴らしさ。

そして、またそんなあたたかい関係を演じた主演ふたりの演技がまるで演技をしてないんじゃないかと思うくらい自然体で、すごく良かった。
松村北斗さんは松村北斗さんの素に近いと思えるインライの時の話し方そのものだったし(それを演技でやっているのがすごい)、PMSの症状が出ている時の上白石萌音さんはほんとにこちらまで気まずくなるくらい怖かった。
そして、脇を固める方々も皆素晴らしくて。拍手を贈りたい、この映画に携わったすべての方に。

いつまでも見ていたかったエンディングロールを見送って劇場をでた時、一緒に観ていた母がお客さんが出やすいように、扉に滑り止めをつけて入口を開放しようとしたんです。それに手こずっていると女性が「私やりますよ」と。そんな私たちにお客さんたちは「ありがとう」と皆やさしい顔で微笑んでくれて。
私はここでもこの映画の力を感じました。なんというか、この映画を観た後はひとにやさしくしたい気持ちになったんです。皆がきっと、そうだったんではないかと。

短時間で観たひとの気持ちをやさしいものに変えてしまう。「夜明けのすべて」はそんな、観ているひとを短時間で変化させてしまう、稀有な力を持った作品でした。

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2回目
2024.02.10

何か大きな事件が起きるわけでもはない。
ただ、誰かとこころとこころが繋がった瞬間、そこにこそ本当のドラマがある、とこの映画は伝えている。
誰かを助けられた、誰かに助けられた、そんな瞬間にこそ「明日も生きてゆこう」私たちがそう思えるように。
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