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夜明けのすべてのISHIPのネタバレレビュー・内容・結末

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

まず、前作「ケイコ目をすませて」のヒット、また松村北斗や上白石萌音の起用もあるのか、前作を大きく超える上映館の数。この映画が全国の映画館でかかることになっていること、その事実がまず素晴らしいと思う。ありがとう。
この映画には、いわゆるドラマチックな展開が用意されている訳では無い。だけれども、非常に胸をうつ。それはなんだろう。パニック障害を抱える山添、酷いPMSを抱える藤沢の2人を主軸に描かれるのは、人と人との付き合い方、なのだと思う。優しさ、なんて一言で言ってしまえない。藤沢が最初に働いた職場が優しくなかったのか。確かにあの女上司の対応が良かったのかは分からない。でも、少なくともハラスメント行為をされていたという描写はなかったように思う。では、山添、藤沢、そしてあの会社の職員さんたちの違いって何なのだろうと考えると、ひとえに、他者を知ろうとする気持ち、なんだと思う。
栗田科学では、簡易の?プラネタリウム部品を作っている会社である(細かくは間違えてるかも)。その他、出張プラネタリウムというのも定期的にしている。そこで、星を見るということに思いをめぐらす。星はいつも当たり前のように僕らの頭上にある。昼には見えなくてもそこに存在しているはずだが、夜にならないと見えず、かつ、見上げないと僕らは星のことなんて気にもとめず暮らしている気がする。さらに言うと、数多ある星を僕は見上げたところでなんて名前の星なのかわからない。そこにあるのに、知識を得なければ、どんな星なのか認識することも出来ないわけだ。金星は今も空で輝いている。でもそれはどの星?実際わかる人の方が少数派では無いだろうか。「いや、あれは飛行機でしょ。」映画の中で笑えるシーンのひとつなのだが、むしろこれの方が一般大衆なのではないか?それは僕も含めてだ。それは、目に見えて分からない障害を抱える山添・藤沢、その他の障害・病を抱える人にそのままトレースできる。恐らく、栗田科学の職員は、藤沢の状態を知り、その上で関わっているからあのような対応ができる。そして、山添は藤沢のPMSのことを知ろうとした。そのことによって、彼のPMS、そして藤沢への見方は変わった。では藤沢はどうか?僕が思うにだけど、藤沢が山添へのコミュニケーションで表されているのは、「変わらなさ」だと思う。他の人と変わらずに接するということ。そのために最初はパニック障害とPMSを同一視した山添から「あなたと僕の病気が同じ?」という目を向けられるのだが、それは山添が知識を得ることで解消されるし、山添彼女に「ただ隣の席に座っているだけなので」と笑顔で言える。その事に彼女は救われた部分もあるんじゃないだろうか。そして、この2人は分かり合えて行くのだが、それは2人だけのことでは無い。栗田科学の面々は、距離はちかくならないにせよ、他者を知ろうとすること、そして障害だからといって特別視しないこと。それを持っていると思うんだよな。この映画が、優しい映画、とするならば、その優しさとは、相手のことを知ろうとすること。そして、相手をレッテルとかではなく、1人の人として接すること。その事なのだと思う。プラネタリウムを出張ですることで、星たちのことを知らせてくれている栗田科学。相手を知ろうとすることで世界は変わる。何よりも、変わるのは自分。それを山添は感じたのかなあ。また、星はずっと遠くにあるけれど、時間をかけて光を届けてくれる。山添にとっての藤沢はそういう存在となり、逆もまた然り。光を届けてくれるのは他者、ということなのかな。それで思い出されるのは、繰り返し登場する、「他者にものをあげる」というモチーフ。それそのものが優しさ、とかそういうことではなくて、他者から与えられたものが自分の血肉になるというか。影響されたり、知識を得たり。それの連なりで人は成長…という変わっていく。栗田社長の弟の言葉も、山添・藤沢の中で生き、そしてそれを彼らはさらに他者に伝えた。上手く言えないんだけど、伝えるってこともすごく大事なテーマなのかなあとも思ったり。貰ったものといえば、藤沢からもらった自転車で山添が藤沢に忘れ物を届けるシーン。この映画での大きなクライマックスだと思うし最高のシーンだったと思う。画も最高。藤沢からもらったもので、彼の行動範囲、いわば狭まりに狭まっていた世界は少し広がった。その喜びに満ちていたと思う。坂に差し掛かって山添は押して歩くことにするんだけど、隣を電動自転車で追い越していく人。彼の世界はそこまで広がってはいないんだよね。あの坂が影になってたのもすげー画だったなあと。でも一生懸命その坂を自転車押して登るってさあ…泣けてきたんだよね。その自転車で藤沢に忘れ物届けるって…こんな最高なことあるか?あと、登った後には下り坂もあったりしてさ。また帰り道多分違う道通ってんだよね。階段のところは持って登ったりしてさ。たまんないね。
優しい人しか出てこない、というような評も聞くのだけど、まあ確かにそうなのかもしれないけど、僕が気になったのは医療の描き方。特に山添が通うメンタルクリニック。実際メンタルクリニックってあんなもんなのだと思うんだけれど、「何か変わったことは?」「じゃあ同じ薬出しておきますね」で彼の生活の何が変わるというのだろう。そもそも山添は発作を起こしてるのに、変わりは無いの一言で済ましてる。信頼関係がないわけだよね。暴露療法を紹介してはいたけれど、そういうアプローチをあの先生がすすめていく描写はない。もっと彼のことを聞いてあげて欲しかった。その対比として見られるのは栗田社長たちが参加する、自死した家族の会だったように感じる。藤沢にももっといい薬なかったのかなあ…まあ実際問題、藤沢母は血栓の影響で麻痺になってるようだったし慎重にならざるを得なかったんだろうけど…この映画の中では、医療よりも、福祉だったり、むしろ周囲の人々の支え合いが大事なのだという感じがした。そういえば、なんだろう、後半の山添と藤沢のやり取りってともすればヒリヒリするような場面になりそうなやり取りもあったと思うんだけど、そうはなってなくて。ものを作っていく中で必要なやり取りだったのかな。髪を切りに藤沢が山添宅を訪ねた時のヒリヒリ感は凄かったけども。
そんな人々を捉えるフィルムの映像。作中でも、栗田科学のドキュメンタリーを、中学生たちはスマホじゃなくカメラで撮ってたのも印象的。なんか、普段は言わないような本音をカメラの前で山添が言うシーンとか。なんかたまんないっすよね。この物語を映画っていう形式で観られて本当に嬉しい。そう思える映画。上手く言えない!でも最高。
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