あり

夜明けのすべてのありのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
3.8
 PMS(月経前症候群)やパニック障害について色々と知ることが出来たというだけでも本作を観た甲斐があったように思う。幸い自分の周りには藤沢や山添のような病気を抱えた人はいないが、もし偶然街中で遭遇したら…と思うと、決して他人事のようには観れない。現代は特にストレス社会である。精神的に疲弊してしまう人は多いのではないだろうか。そういう意味では、非常に現代的なテーマを扱っているように思った。

 ただ、作劇上、気になる点が幾つかあった。
 まず、藤沢や山添の周りに悪人が一切いないという点である。現実にはここに出てくる以上にシビアな状況があると思うのだが、それらが意図的にオミットされているような気がした。
 山添の恋人の退場の仕方も取って付けたようでいただけなかった。むしろ描かないことで物語に余白を残しておいた方が、観る方としても色々と想像できて良かったのではないだろうか。

 演出面でひっかりを覚える個所もあった。藤沢のモノローグで始まるオープニングシーンである。おそらくPMSの症状の解説という意味があったのかもしれないが、いささか安易な処理で個人的には余り感心しない。
 監督、共同脚本は「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱。本作には同名小説(未読)の原作があるが、これが原作準拠なのか、それとも監督のアイディアなのか分からない。しかし、少なくとも「ケイコ~」の三宅氏であればもっとスマートな演出が出来たのではないか…と落胆させられた。

 色々と不満を書いてしまったが、だからと言って本作が凡作と言うつもりはない。むしろこれらの不満点を補って余りある点もたくさんあったので述べておきたい。

 まず、藤沢が山添の散髪をするシーンがとても印象に残った。ここで山添は初めて笑みをこぼし、それまでの暗く鬱屈したキャラに一気に朗らかさが加味され印象がガラリと変わった。この演出は見事だと思う。

 山添の元上司も良い役所だった。特に、後半のレストランのシーンは見ているこちらも思わずホロリとさせられてしまった。余計な言葉など一切ない。その表情だけで感動を引き出す演出が素晴らしい。

 そして、本作の最大の美点は、藤沢と山添の関係を安易に恋愛に発展させなかったことだろう。他人には理解しづらい特別な病を抱える者同士。困った時には助け合い、時には厳しいことを言い合い、まるで人生の盟友のように並び立つその姿を見て何だか羨ましくなった。
 この”近からず遠からず”の距離感にも納得しかない。他者と深く関わらないことで傷つかない人生を送って来たであろう二人のバックストーリーが想像できた。

 クライマックスはかなりベタな展開ではあるものの、ここでの藤沢の朗読の内容も素晴らしかった。人生における金言と言ってもいいだろう。映画のタイトルの意味が噛み締められた。
あり

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