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夜明けのすべてのBlueのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0
原作を読んだ上でこの映画を鑑賞しました。
原作者の瀬尾まいことこの映画を撮った三宅唱監督の共通点など書いたりする上で、原作の方のネタバレは少しだけしてしまいます。
映画を鑑賞する上でその魅力を損なうかも知れません。その事を了解した上でお読みください。









まず原作を読みながら気づいた点として、作者の名前に何を書くべきか、という事が集約されてる点でした。
瀬尾の瀬は、川の流れの速い所から離れた比較的浅い箇所の事です。尾は尻尾の部分、つまり末端部分で、まいこは舞いと仮定したならば、社会の潮流から外れた尾の末端部分に暮らす人々の舞う/生きている姿、見落とされてしまう声をすくいあげて文章化する事を自らに課しているかのような作家名になっている点です。
まさに原作内容はパニック障害やPMSで辛い思いをしてる人々の証言を全て、一言一句漏らさず台詞化しているかのようで、見えないけどそこに作家としての執念を凄く感じました。

三宅唱監督もきみの鳥は唄えるでは函館が舞台ですが観光名所はいっさい映さず、前作でもケイコ目を澄ましてでも同じですし、街裏のひっそりとしたボクシングジムが舞台で、ミットやサウンドバックの打ち鳴らす音が聞こえてくる、見えない箇所にこそ心の臓の打ち鳴らすビート/鼓動は鳴っているのだ、という事がテーマにしている映画でした。

両者共に見えない人々の生きてる姿を描写する事をテーマにしてる点が共通してます。
そして瀬尾まいこの原作ではパニック障害にせよPMSにしても完治するには長い治療期間がかかる事に対して、会社の社長は俺も水虫持ちで長く持病と付き合っているから一緒だねとあっけらかんと言うシーンがあります。
辛いのだからあえて軽く考えて自分と病気に付き合っていこう、という意味と、読者にも深刻な事を深刻に受け止めないで楽にページを進めて欲しいという意図を感じました。

中学生でもわかりやすくスラスラ読めてしまうストーリー、読むのが速い人ならば2時間もあれば読めてしまう文量、映画パンフレットでは瀬尾まいこさんには子供がいらっしゃるみたいですが、自分の子供でも読める事を心がけているのかな、と推察しました。
重いテーマを軽やかにして読ませる、三宅唱監督もまたケイコ目を澄ませて、では聴覚障害をもつ主人公と潰れそうなボクシングジムが舞台で、一見重たく受け止めがちになりやすいのだけど、実にフワリとした描写でこちらも重いテーマを軽やかに見せる事を重視しています。

まー原作を読んで思ったのは瀬尾まいこの技量はとても高いのに、それを押し殺してでも病気で辛い日々送っている証言を優先してる点というか。
子供にもわかるように書くとどうしても説明的になったりして行間の余韻というか、文字化しない事で感じ入る部分が打ち消されてしまいます。ラストの余韻は素晴らしいかったので、それができる作家なのにあえて説明的にしている。
小説の最後に主人公の1人が自分自身の事をどう思っているか話す部分があるのですが、それは瀬尾まいこ自身の本音だと思いました。ここの吐露するセリフで技量があってもそれを押し殺してどうして他者を優先するのか、納得できました。

書かれてる人々が同じように共有していけば、確かに強いセーフティネットが築けるし、俺もその1人だと強く感じました。
ここから原作のネタバレを少しすると、ある時藤沢が緊急入院する事になります。その時に山添は地下鉄に思わず飛び乗るのですが、パニック発作を起こして病院に行けない状態になります。歩くには遠い距離で、ある乗り物を使う事によって病院に辿り着く事ができる上に前向きになります。
映画を撮った三宅唱監督は、おそらくその乗り物とラストの部分に着想を得て、部分メーカーから玩具メーカーに改変したものと感じました。

ケイコ目を澄ませてでも電車/時代や日々が通過していく下をケイコが歩いているシーンが印象的でしたが、この映画でもあるブログの一文が紹介されてるシーンで電車が流れるように走って行きます。
また原作では怒りそうになった藤沢を北添が連れ出して空き地に連れて行きます。飲み物を買ってる間に空き地の雑草を藤沢が引っこ抜いているのですが、空き地という隙間で不安という草を摘んでいるのに対して、映画ではどうなのか、思わずニヤリと笑いました。
瀬尾まいこの執念ともいえる数々の証言を台詞化したであろう原作を、言葉ではなく雰囲気で表現する事を心掛けている三宅唱監督は、かなり原作に寄っていつもより台詞が多くなっています。
見る前は果たしてどうだろうか?と不安でしたが、充分身体に沁み渡る温かさをもった作品だったと思います。

映画を鑑賞した時にずいぶん10代の女の子が多くて驚きました。どうやら松村北斗目当てだと思われましたが、隣の座った席の子がポップコーンをバリボリ頬張っていて、音に敏感な映画でもあるのに全く気にしない上にいつまで経っても食べ終わらないのがとても可笑しかった。
挙げ句に映画のシーンにつられて一気に飲むようにポップコーンを口に流し込んだ時は、笑ってしまいました。
さすがに一緒に来た友達に注意されて俺にも謝ってきましたが、何か許してしまう図々しさが藤沢に重なって面白い体験でした。

個人的に2020年代に入って、最も好きな映画はケイコを目を澄ませてです。ぜひ見てない方はそちらも見ていただければと思います。
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