クロスケ

夜明けのすべてのクロスケのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0
何という優しい映画でしょう。
勿論、優しいというのは何も物語の顛末や登場人物たちの性格だけを指して言っているわけではありません。
スクリーン上で戯れる映像と音響とが、柔らかな大気のように目と耳を心地良く愛撫してくれる。そんな身体的な感覚がこの映画の優しさに他なりません。

それには、日常風景のざわめきなどを含めた、丁寧な音声の処理によるところが大きいと思いますが、中でも「声」が非常に印象的な役割を果たしていると感じました。
主人公の二人を演じた上白石萌音と松村北斗によるモノローグもそうだし、ラジカセから聞こえてくる社長の弟(斉藤陽一郎だったでしょうか)の声もそうです。

藤沢さんと山添くんの二人が原稿作成に勤しむ日曜日の夜の事務所のシーンが特にお気に入りなのですが、パソコンの液晶画面の灯りと僅かな照明に浮かび上がる二人を収めた事務所のロングショットとそこに響き渡る二人の控えめな声が素晴らしかった。夜の静寂が二人の細やかな営みを美しく際立たせていました。

無人の実景ショットを含めた、月永雄太によるカメラはことごとく素晴らしく、その眼差しは往年の田村正毅を彷彿とさせました。青山真治のカメラマンを長らく務めた田村に変わって、『東京公園』の撮影を任されたのは、何か示唆的なことだったように思います。
主に声だけの登場だった斉藤陽一郎と光石研が兄弟という形で共演しているあたりも、何処か青山作品を感じさせる瞬間でした。

日曜日の大型商業施設にある映画館ということもあってか、お客さんの入りはなかなか盛況でした。松村北斗さん目当てなのでしょうか、若い女性が多かったように思います。
そんな中、アラフォーのおじさんは、暗闇の中で一人こっそりと流れてくる涙を拭って、平静を装うのに一苦労でした。
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