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夜明けのすべてのayatのネタバレレビュー・内容・結末

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

基本的に自分は、優しい人しか出てこない映画を見ると「でもほんとの人生ってこうじゃないよね」と白けてしまう。逆に、乾いた映画とかひどいことが起きる映画を見ると「人生ってこうだよね」と安心する傾向にある。

でも三宅唱の映画はいつも、優しい人ばっかり出てくるのに、ふしぎと白けずに観ている。
観ているあいだ「人生ってこうじゃないよね」と頭では思うんだけど、登場人物の苦しみに胸が痛くなるし、彼らの人生がよくなってほしい、温かい暮らしが続いてほしいと願ってしまう。
それは、虚構の(ように見える)優しい作中世界においても、人生において避けがたい苦しみ、死、別れ、病などが、ちゃんと避けがたいものとして描かれているからかな、と考えている。
自分の病や大事な人の病はけっして治らないし、別れや終わりも絶対に来るけど、それでも人生の続きを生きていく物語。
人生の絶対に変えられない部分は据え置きで、それでもフィクションを綴るという、さじ加減がとてもうまいんだと思う。

本作は、PMSで苦しむ藤沢さんの姿が自分の経験にあまりにも接近しすぎていて、開始1分でとても苦しかった。
序盤から何度も涙がボロボロ出て観るのがたいへんだった。

前半、藤沢さんが何度も職場にお菓子を買ってきては配る様子がとても見ていられなかったのに、終盤に山添くんが(藤沢さんに忘れ物を届けて)自転車で穏やかな日差しのなかを戻ってきたあと、職場でたい焼きを配って周囲に喜ばれる、という描写がいちばん心に残った。
(私自身痛いほど共感できるがゆえに)ネガティブで痛々しい行為としか見えなかった藤沢さんの行動が、山添くんにポジティブなものとして伝播した。そのことに救われる思いだった。

好きな場面はたくさんあって言いつくせないけど、栗田科学のいいところが散々描かれたあとに、中学生の取材で「栗田科学のいいところはなんですか?」と問われたおじさんたちが、いいところ、なんだろうね? 駅からちょっと遠いよね、もうちょっと近ければいいんだけど。みたいなことを言ってるシーンがよすぎた。
あとはやっぱり、山添くんが生き生きとプラネタリウムについて語るのを目の当たりにして、前職場の上司が泣いて、子供がハンカチを差し出すところ。

最後、前職場の同僚とか転職エージェントも含めてみんながプラネタリウムに大集合するの、さすがにこんなあったかい世界この世にないよ……と観ているあいだも思っていた。けど、この映画はそれでいいんだなと思った。
こんな映画ばかりになったら私は息苦しいかもしれないけど、この映画を必要とする人はいるだろう。

一緒に観た家族とは「この映画は悪人が全員処刑された後の世界で撮られたのかも」と言い合った。
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