ビンさん

ヘルメットワルツのビンさんのレビュー・感想・評価

ヘルメットワルツ(2022年製作の映画)
4.0
シアターセブンにて鑑賞。

2019年、東京オリンピック開催を前に、国立競技場建設に携わった名もなき男たちの物語。
ナレーションは田口トモロヲさん、とくれば某国営放送のアレ(笑)を思い出浮かべるが、本作はあんなにスタイリッシュでドラマティックでもなく、その上、中島みゆきさんのナンバーも流れてこない。

流れてくるのは、薄汚れた作業着と、一部サイズ合ってないんじゃないか、と思しきヘルメットをかぶったおっさんたちの姿。
しかも、作業中の姿よりも、仕事を終えてクタクタになって、おそらく汗くっさい中で煙草をふかす休憩中に、ダラダラだべっている姿なのだ。

主人公のササキ(佐々木和也)は、50代後半のそんな作業員の一人。
ちょいと要領よろしくないササキは、いつもなにかと上司(林和義)に怒鳴られている。
工事現場で働きながら、実は役者でもあるササキは、オーディションに次々に参加するもいい結果が出せない。
そんなササキの役者としての活動を応援している同僚(棚橋ナッツ)や、そうでもない同僚(森羅万象)らに囲まれたササキの日常だが、家に帰れば彼のことをいつも笑顔で迎えてくれる妻(和田光沙)がいる。

そんな中でようやく完成する国立競技場。
しかし、そんな表向き華やかな催し物も、新型コロナウィルスによって、未曾有の事態に直面するのだった。

主人公を演じた佐々木和也さん(注:ネットで検索すると、某イケメンタレントがヒットするが、こちらはおっさん俳優の方なのでお間違えなきように(笑))は、そんな名もなき作業員の姿を、自身の役者としての活動を投影した物語を書き上げ、西村洋介監督(昨年、シアターセブンでも公開された『その神の名は嫉妬』のスタッフでもある)の演出の下、実にリアリティあふれる映画に仕上げた。

実際、映画は作業員たちのだべり→ササキのオーディション→ササキと妻の姿、この繰り返し。
ヘルメットワルツというタイトルは、この3つのシチュエーションのトライアングルを指すのか?ってくらいに。

だが、そんな内容なのに、何故かぐいぐい惹き込まれていく。
特に大きな事件が起こるわけでもないのに、次は、次は、とシーンを繰って行くうちに、ササキを中心とするこのおっさんたちの姿に、強い共感を得るのだ。

それは、ここで描かれているおっさんと自分がほぼ同世代であることがまず一つ。
それから、ササキのような労働環境あまり良くない仕事場ではないけれど、自分もけっこう身体を使う仕事(製造業の物流関係)であり、ヘルメットが仕事道具でもあるのがもう一つ。
そして、コロナ禍によって仕事にダメージ喰らったというのがもう一つの理由だ。

ただ、唯一共感できなかったのは、あんなササキに、和田光沙さんのような女神の如き奥さんがいることが、強烈に解せなかった(笑)
でも、それさえなければ、あまりに映画として救いようがない(ビジュアルの面で、という意味で)ところを、和田さんが登場することで、まるで掃き溜めに鶴、泥中の蓮である。
このササキと妻のエピソードが、後半に活きてくるが、それは是非作品を観て確かめていただきたい。
また、オーディションに受けては落ちるササキに起死回生があるか、ということも観てのお楽しみである。

とにかく、陽の当たらぬ名もなき者たちの働きによって、この日本というものが成り立っているのだ、ということを謳い上げた、実に素晴らしい作品だった。

シアターセブンでの初日、舞台挨拶として西村監督、佐々木和也さんを筆頭に、森羅万象さん、林和義さん、棚橋ナッツさん、土平ドンペイさん(ラスト近くでその場の空気をかっさらって行く役柄だ)という、見事におっさんばかりの、しかし、コアな映画ファンならば贅沢極まりないご登壇の面々は圧巻の一言(笑)

特に棚橋ナッツさんは、2月に第七藝術劇場で上映された『ぬけろ、メビウス』のところでも書いたが、かつて僕が東京で単身赴任をしていた時代に、飴屋法水氏主宰の東京グランギニョルの舞台で、そのお姿を拝見して以来の邂逅だった。

今回、上映前にご本人にその話をさせていただいたところ、たいそう喜んでいただき、僕もとても感激した。
共に20代の頃のことでもあり、一気に30数年の時空を超えたかの如き。
それ一つとっても今回、作品を観に行って良かったなぁと、ひしひしと感じ入った次第である。

『ぬけろ、メビウス』の感想はこちら。
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