ambiorix

食人族4Kリマスター無修正完全版のambiorixのレビュー・感想・評価

4.2
本作『食人族』は、2022年12月に亡くなったイタリアの映画監督ルッジェロ・デオダートが手がけた、いわゆるモキュメンタリーやファウンドフッテージものと呼ばれるジャンルの金字塔にして超問題作である。公開当時(1980年)には内容のあまりの過激さゆえに世界各国で上映禁止やフィルム没収、ソフト発売中止などの大騒動が巻き起こったらしい。今回4Kリマスター無修正完全版とかいう非常に長ったらしい肩書きのバージョンが公開されたので、ようやく初鑑賞と相成ったのだけれど、上映中は「もう勘弁してくれ…」というおめき声を心の中でのべつに上げながら見ていた。俺もいろんなスプラッター映画や人体破壊映画で経験を積んできたつもりなのに、予想以上のキツさだった。そしてこの映画において本当に残酷なのはポスターで喧伝されているような人が人を殺して食う描写なぞではないんだよ…。
開巻、アマゾンのジャングルをヘリコプターから撮った空撮の映像が流れてはたと気づいた。イーライ・ロスの『グリーン・インフェルノ』のオープニングはこれのオマージュだったのね。この場面で流れるやたらと耳に残る美しいテーマソングを書いたのはリズ・オルトラーニ。モンド映画の残酷描写とオルトラーニの相性の良さはヤコペッティの『世界残酷物語』ですでに証明済みなのだけれど、どんなしょうもない映画だろうがこの人の音楽を貼っつけるだけで作品の質が二段も三段も上がったように感じるからすごい(笑)。
ドキュメンタリー撮影のためにアマゾンの秘境グリーンインフェルノにやってきたアメリカ人4人が消息を絶ったところから物語は始まる。彼らの捜索に向かった大学教授のモンローは護衛やガイドとともにジャングルに分け入ってゆき、やがてヤマモモ族と呼ばれる食人族の集落にたどり着く。そこで教授たちは4人の白骨死体と彼らが撮影したフィルムを発見し、ニューヨークに持ち帰って現像、再生してみるのだが…というあたりまでがちょうど前半部。ぶっちゃけこの辺は現代の人間から見るとよくある秘境冒険ものってな感じなのだが(それでもフツーに面白い)、物議を醸したのは作品内ドキュメンタリーの中身。もちろんこれはフェイク映像で、あらかじめきちんとした演出がなされた上で撮影が行われている。ところが、当時はこの部分があまりにもリアルかつ残酷すぎるため本物のドキュメンタリーだと勘違いしてしまった観客がかなりの数出たらしい(実際にドキュメンタリー映画として宣伝されていたのもあるが)。しかしながらデオダートという監督は非常にしたたかな人で、その辺にもきちんと逃げ道を作っている。本作は、アメリカ人4人が遺したフッテージというレイヤーの外側に、モンロー教授やテレビプロデューサーなどの登場人物が出てくるドラマパートのレイヤーを置く、いわゆる入れ子の構造をとっており、後者はわかりやすく劇映画の手法で撮られている。カメラ位置や画面の構図を事前に決めて、セリフを割り振って、随所に演出も加えるなどして…といった操作をあざといぐらい明示的に行うことで、「これはあくまで虚構のお話なんですよ」ということをことさらにアピールしているわけだ。なので、のちの『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』に代表されるような「何者かが撮影したファウンドフッテージに映画の製作者が後からチョイチョイと編集を加えて作品にしました」的な代物とは明らかに一線を画する。むしろ『食人族』の作り手たちは、自らの映画の虚構性をはなから引き受けているわけで、どっちかっていうとこちらのやり口の方が好感が持てるなと思った。
ただ、どうしたって擁護できないのが動物虐待の問題。劇中にはサルの頭頂部をスライスして脳みそを食ったり、原住民の飼ってる豚を撃ち殺したりする場面があるのだけれども、これは演出とかじゃなくてガチのマジでやってるらしい…。そしてきわめつけはもちろん、ウミガメの首を切り落とし四肢を切断し甲羅を引っぺがし内臓を抉り出して焼いて食う模様を異様な長尺でもって撮った悪趣味きわまりないくだりだろう。ここで感じる居心地の悪さは単にグロいから、だけではなくわれわれが普段見ないように済ましている屠殺のプロセスをこれでもかこれでもかというぐらいしつこく突きつけてくるからでもあるのだが、それにしたってあんまりダロウ…。そういえば、ヤコペッティの『世界残酷物語』にも核実験による放射能の影響で方向感覚の狂ったウミガメが砂浜でひっくり返って死ぬ、というショッキングなシーンがあった(ちなみにあれは純然たるヤラセ)。モンド映画人のウミガメに対する執着心はなんなんだよ…ウミガメがお前たちにいったい何をしたって言うんだよ…🐢
そしてモンド映画といえばもう一つ忘れちゃあいけないのがおなじみの文明批評要素。「世界の警察」であるアメリカ人が白人至上主義や植民地主義の思想を振りかざしながら未開のジャングルへとズカズカ踏み込んでいって返り討ちにあう構図から、当時まだ終結して間もなかったベトナム戦争を連想した人も多かったはず。とくに、人食いじゃない方の部族の村に火を放ち村民を犯す場面は明らかにソンミ村虐殺事件を意識しているよね。なので、この世は弱肉強食だ、かなんか言いながら動物をぶっ殺し驕り高ぶる白人たちが本当の強者にぶっ殺されてしまうあのラストはまあグロいっちゃグロいのかもしれないけれども、むしろ爽快感の方が勝ってしまった。自分らが今までやってきたことをそのままやり返されたわけだしね。本作『食人族』は、いわゆる野蛮人と呼ばれる人たちのフィルターを通して文明人を相対化し、「本当に野蛮なのは文明人の方なのではないか」という事実を鋭く突きつけてくる。でもってそんな文明人よりもさらに野蛮なのは、野蛮きわまりないこの映画を求めて映画館に殺到するわれわれ観客なのではないか。
「誰が食人族だ…?」
俺たちが食人族だ!🤩
ambiorix

ambiorix