愛

イルマーレの愛のレビュー・感想・評価

イルマーレ(2006年製作の映画)
3.6
2020年夏、バイクの一人旅に出かけたきり帰ってこなかったやつがいる。「気をつけてね」と送り出したものの、大人だし当たり前に予定通り帰ってくると思っていたから「帰りを待っていた」なんて強い意識はなかった。
ちゃんと毎朝無事を祈り帰りを待っていたら18歳の女が運転する車に突っ込まれることはなかったかもしれない、緊急事態宣言中(4回目だったな)に遠出するなと忠告していたら行き先を変えていたかもしれない、そもそも連休を違う週に入れていれば帰ってきたかもしれない。どうしても自分を責めることしかできず、他人の慰めの言葉なんて無意味だった。

痛みと向き合い自分なりの地獄の抜け出し方を見つけてからだろうか、毎晩「寝てる間に隕石落ちるかも」と思いながら眠りにつくようになったり、夢に出てきた人には目覚めてすぐに連絡をしたり、誰に会ってもどこへ行っても次は無いかもと思いながら生活するようになったのは。
小さな商店街の中華屋さん、家族経営のお蕎麦屋さん、潰れていくお店もきっと誰かの"好き"や"お気に入り"や"愛着"だった。それならもう少し通っていればよかったんだよ、一杯飲むだけでも良いからスパチャ感覚で顔を出せばよかったんだよ。

積極的に関わらないと失われる。いつでも会えるいつか行こうは実現しない。一方が繋ぎ止めていないと解けてしまう名もなき関係に「その程度か」と落胆したり、進展以外は後退と思えてしまったりどうすることもできないことも多いけれど。

久しぶりに会ってよかったと思える人も店も、その間どこかで確実に生きていた。誰かを愛し誰かに愛され、出会い別れ傷つき傷つけ今がある。空白を埋めることはできないけれどすべてを知る必要はない、これまでの生活が確実にいま滲み出るのだから。
纏う雰囲気と無意識の言葉選び、ふとした口元の緩みや目元の皺、食べ物をいただくときの所作、身につけるもののセンスと美意識。答え合わせは簡単で、確実に得られる安心感は揺るがない。

失った人に対して、完全に大丈夫と思える日はきっとこない。去った人にはどこかで元気に幸せに暮らしていてほしいと願うし、帰らぬ人には一緒に歳をとりたかったと無念は晴れない。でも、ふとした瞬間に振り返ったり誰かに話したりすることで、少しずつ大丈夫になっていくのだろう。そして、いま紡ぐ縁を精一杯に慈しむのだろう。

これは、そんな悲しく美しい幻想の物語なのかもしれない。
愛