たく

逃げきれた夢のたくのレビュー・感想・評価

逃げきれた夢(2023年製作の映画)
3.9
平凡に生きてきた中年男が、痴呆の発症をきっかけに冷え切った家族関係をなんとかしようとあがく話で、いわゆる記憶喪失モノかと思ったら全く違った。もし自分も家族を持ったらこんな風になるかもと、何だか人ごとに思えない。むさい中年男の孤独と身勝手さ、醜悪さ、滑稽さから漂う悲哀を光石研が見事に演じ切ってて、平賀役の吉本美優は初めて見たけど終盤の静かな緊張感に圧倒された。

靄がかかった画面からだんだん窓の外の景色が見えてくる冒頭が不思議な演出で、あとで考えるとタイトルと関係あるのかも。親しげに接してくる末永に驚くような拒否反応を見せる妻と娘に、彼がそれまで家族関係をなおざりにしてたことが窺われ、どうやら痴呆の進行が彼の態度急変のきっかけになってるらしいことが示される。まあ今さら遅いんだけど。彼の痴呆を直接的に示すシーンはたった一箇所(会計忘れ)だけで、本作は病気が話の軸になってるわけじゃないんだよね。

末永の、学校でのキビキビした立ち回りや生徒一人一人のことを事細かく気遣ってる理想の先生のような姿と、家庭での冷え切った関係が対比されてて、実はどちらも彼の本意じゃない。そこに定食屋で働く元教え子の平賀が関わってきて、彼女が末永の唯一の理解者となるんだね。

末永が痴呆の進行を周囲の誰にも言わなくて、親友の石田にさえ打ち明けられないところに彼の孤独を感じる。痴呆が進んだ老人ホームの父を見舞うところで、もはや息子を認識せず話も聞いてないことを承知でひたすら語りかけるところに、自分の未来の姿を見たんだろうか。石田と酒を酌み交わした後に帰宅した末永が、妻と娘の冷たい視線を前に自分語りをする姿はひたすら醜悪。

終盤の喫茶店での静かな緊迫感がものすごくて、序盤の学校シーンで悩みを抱えてるらしい女生徒に末永が優しい言葉をかけるくだり(ここの杏花の印象が強烈)が、平賀にもかつて同じように接したことに重ねられる。末永に終始張り付いてたカメラが、ラストでついに他人視点になるのはジーンと来た。エンドクレジットで冒頭の霞が戻ってくるのが、もしかしてこの話そのものがタイトルにある「夢」だったのかもと思った。
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