りっく

逃げきれた夢のりっくのレビュー・感想・評価

逃げきれた夢(2023年製作の映画)
4.2
冒頭、高齢の父親が入居している施設に手土産を持って訪問する光石研演じる息子が、おそらく父親に向かって声をかける。だが、視線の先にいるであろう父親をなかなかカメラは映さない。そして横並びになった父親と息子は、息子が一方的に喋るだけで、父親は言葉も返さないどころか、目線も合わさず微動だにしない。この場面だけを切り取ると、ボケた父親に声をかけ続ける親孝行な息子のようにも見える。まずこの物語の入り方が巧い。

言葉というものには、確かに軽さや薄さがある。本作の光石研は、愛想笑いを浮かべ、気さくに生産性のないその場しのぎの言葉を重ねれば重ねるほど、調子乗りで、思い上がりで、自分本位で、無神経で、図々しく、安っぽく、下品に見える。彼がコミュニケートする相手のうんざりした顔の積み重ねによって、彼の軽薄さをこれでもかと浮かび上がらせる作りは、コメディの域まで達している。

光石研に対する観客の想いは、旧友、妻や娘から代弁されることになる。だが、徐々に彼という人間の空虚さと同時に、彼が周囲との関係性を変えたい、そのために自分を変えたいと言葉で訴えかけても、彼に貼られたレッテルはなかなか変えられないということを描いてみせる。お互いに何かを諦めている状態があって、その上で言葉を交わさなければいけない。

他者と関わり、繋がり、コミュニケーションを取るために、どのような言葉を口に出さなければならないのか。なかなかの無理ゲーである難題のクライマックスである、いきつけの店の若い女性店員との会話は、教育者としての立場も相まって、彼女からのまるで人を試すような問いかけに対し、自分のからっぽさをさらけ出すような惨めな言葉しか返せない。その様は決して他人事だと笑って突き放せるような安易なものではない。
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