ラウぺ

ハマのドンのラウぺのレビュー・感想・評価

ハマのドン(2023年製作の映画)
4.2
第二次安倍政権下でカジノ合法化に向けた動きが推進され、横浜市長の林文子が候補地として誘致に前向きな動きを見せると、“ハマのドン“こと藤木幸夫はこれに公然と反対の意を表明した。横浜の港湾荷役の大元締であり、自民党員として保守系政治家や財界などに太いパイプを持つ藤木の反旗は林市長の背後に居る時の総理大臣菅義偉との正面対決を意味した・・・
横浜のIR誘致を頓挫させた藤木幸夫のカジノ誘致反対運動の顛末を描くドキュメンタリー。

横浜のIR誘致運動の頓挫については横浜市長選の絡みでそれなりに知っているつもりでしたが、藤木幸夫についてはこの映画を観て初めて知りました。
藤木幸夫の父である先代・幸太郎は横浜の港湾荷役で藤木企業を興し、藤木幸太郎は最終的に全国の港湾荷役の業界団体の会長に就任したとのこと。
横浜で最も古い自民党員であることを強調する藤木幸夫は自民党の歴代重鎮との強い繋がりを持ち、バリバリの保守主義者であるらしいことが窺われるのですが、港湾労働者が古くから博打をしてきた経緯を熟知していることから、依存症への危惧を抱き、IR誘致に反対の姿勢を鮮明にする。
海外からの資金流入、観光収入の増大に雇用の創出など、一見バラ色の地域振興策であるかのようなIR推進のお題目は、これまで日本政府が公的に禁止してきた賭博の合法化というドラスティックなパラダイムシフトを伴うものであり、依存症をはじめとするそのデメリットについてあたかもそれが焦点ではないかのような喧伝がまかり通ってきたフシがあります。
地元の財界人として地元利権を配慮したであろう藤木幸夫は当初はカジノ誘致に前向きな姿勢だったようですが、自民党の斎藤文夫議員から依存症の研究をしている日本社会病理学会の横山實氏の講演を聞くように勧められ、依存症の問題に注目。児童養護施設に自ら赴くなどしてそのデメリットに気づいた藤木幸夫はカジノ誘致反対の意向を鮮明にしていきます。
地元の港湾を取り仕切り、先代の頃より政治家・財界、更にヤクザなど海千山千の猛者を相手にしてきた男のブレない姿勢は他を圧倒する意思の強さと漲る説得力に満ち、その話を聞いているうちに人を引き付ける大きな力がこの人物の最大の強みであることが次第に明らかになっていきます。
単なる右翼や与党支持者であれば、政権に擦り寄り、業界と地元の利益の最大化に躊躇なく邁進しそうなところ、自らの信念を曲げずにカジノに反対する姿勢は政治的立場を超えて是非についての明確な定見があることの証かと思います。
私は滅多に“保守”という言葉は使わないのですが、この人物であれば、保守と呼んでも構わないのではないか、という気がする。誰よりも味方につけたら強力な味方になり、敵に回したら最凶の敵になりうるであろう、手強さが圧倒的な魅力と感じられるのです。

住民投票で規定数の3倍以上の署名運動にも関わらず、林市長は住民投票を行わず、市長選で決着を図ろうとする。
そこに国家公安委員長だった小此木八郎が市長選に立候補を表明、自民党は林市長と小此木八郎の分裂状態となる。
ここで藤木幸夫が小此木陣営を応援するかと思いきや、学者畠で政治家には無縁の山中竹春の支援に回る。
選挙の結果は誰もがよく知るところですが、このブレない男の信念と市民運動の相乗効果が横浜からカジノ誘致を断念させる結果に結びついたことは、近年特筆に値する快挙であるといえるでしょう。

上映後の監督の舞台挨拶には地元の市長も訪れ、本人から貰った人生訓が書かれたマグカップを使用しているとか。知己の多い藤木幸夫との意外な繋がりを知ることができました。
折しも大阪へのIR誘致が正式に決定された直後でもあり、監督曰く「大阪のドンは居ないのか?」との声が聞かれたとのこと。
大阪には大阪のドンも居なければ、IR誘致に積極的な維新の会の本拠地であるという致命的な問題があることで、横浜のように誘致を回避できなかった明暗が分かれたといえると思います。
とはいえ、この問題の本質は、利権絡みでさまざまな弊害の指摘される見せ掛けの地域振興策を推進する政権と、それに相乗りする勢力へ投票してしまう選挙民の“民度”の問題だと言わざるを得ない。
政治的な立ち位置が右左どちらであろうと、ダメなものはダメだと言える政治風土やNOを突き付ける選挙民の正しい判断力が求められる問題だといえるでしょう。
映画の中で藤木幸夫が「これはヤバいなと思ったら、その道を歩かなきゃ」と言う言葉の重みを改めて実感するのでした。


6月12日追記
映画を観たあとに事実関係の確認や、他の人のレビューを見ていて気になる話が出てきました。
IR誘致を公式に撤回した山中竹春市長ですが、撤回後の山下埠頭再開発の新たな事業計画を策定するにあたり市民から意見募集、事業者提案を募集。
横浜市ホームページに事業者提案の結果のページがあり

https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/yokohamashi/yokohamako/kkihon/keikaku/yamashita/joi/aratanatorikumi/kekka.html

このページ記載の内容からすると、調査は令和3年12月から4年6月までと、それを踏まえて4年11月から5年2月まで2回にわたり募集を行ったようです。
上記調査結果のうち1回目の令和3年12月から4年6月の調査結果のリンクがページ下端部にあり、

https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/yokohamashi/yokohamako/kkihon/torikumi/rinkaibu/naiko/kekka.html

このページの第3章のPDFを開くとPDFの60ページ目(元の書類の260ページ目)に「スポーツベッティング特区の実証実験」が記載されていて、つまりこれはスポーツを対象とした賭博に他ならない。
この提案の提示者がどの企業体なのかざっと見ただけでは明記されていないように感じますが、この事業者提案の中には藤木幸夫が会長を務める横浜港ハーバーリゾート協会も名を連ねています。
藤木幸夫の「横浜で博打はやらせない」という主張とこのスポーツベッティングは明らかに相容れないものであり、これまでどおりの主張に従うならば、藤木幸夫はこの提案に対して何らかの反対アクションを起こさなければならないはず。
昨年の11月末の公表資料にこれが載っていて、これまで藤木幸夫がこれに対して何か発言をしたといった話は出ていないようで、半年間の沈黙はどうにも解せないポイント。
これまでの主張を曲げてこれを容認するのか否か、動向は注視しなければならないようです。
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