YAJ

ハマのドンのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

ハマのドン(2023年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

【一矢】

 古く新しく、そして進行中の「カジノ法案(総合型リゾート/IR整備促進法)」のお話。

 舞台は横浜、時は2021年。作品タイトルにあるハマのドンこと、政治家・藤木幸夫が、カジノ誘致の是非を巡り、市や国、遠くで蠢くアメリカをも相手に戦いを挑む。
 折しもコロナ禍、迷走する当時の行政府。横浜市長選にて、現職市長、国が送り込んだ候補者、そして藤木を筆頭に市民グループが推す新人候補者が三つ巴の戦いを繰り広げる。

 市長選の結果は衆知であり、映画のネタバレにならないと思うが、要は、本作の主人公側が勝利を収め、作品としては大団円。勧善懲悪の(誰が悪というワケでもないが)、コテコテの任侠話が展開される痛快さがある。蟷螂の斧の虚しさを描いただけの問題提起的な作品にならずに良かったね、と観る側としても思った。暑い中、観に行って良かったよ。

 カジノ法案問題は、2020年に小説『バラ色の未来』(真山仁著)でも読んでいた。
 ちょうど関連した議員が逮捕され、事案が再燃した頃だ。が、また今、この話は水面下で息を潜めている。2020年に読んだ当時、「開業予定は2024年」でまだまだ先と思っていたが、気づけば来年のことだ。大阪になるのか、長崎になるのか知らないが、候補地の市民は本作を鑑賞しておくと良いと思う。利権の闇、アメリカの影がチラつく、実に胡散臭い話だ。

 それにしても、この作品、今年のGWの頃に封切られていたようだが、都内では新宿と渋谷、阿佐ヶ谷あたりで短期間ロードショーだった。年間5~60本を劇場鑑賞している我が家のアンテナに、これっぽちも引っかかってこなかったのだが、もう少し目についても良かったのにと、ちょっと不思議。

 本作は信州湯田中で避暑滞在中に知り、観にいった回がたまたま、監督とゲストによるトークショー付きだった。最後のQ&A、長野のお客さん(ほとんどご高齢の方々)は誰も挙手しなかったので、サクラ気分でひと言、

「こうした反体制の作品は、上映機会を得るのも難しいのか?」

 と訊いてみた。答えは、そもそもドキュメタリ作品の枠は狭き門だから、とのこと(GW中じゃ、人気作の封切も多かったしね)。でも、本当に、それだけ??
 また、この作品は、市民による自主上映という形での拡がりが望ましいと(ゲストの鎌仲ひろみ氏)。 みなさんも、地元の映画館にかけてとリクエストしてほしい、とも言っていた。
 しゃーない、UPLIK吉祥寺に嘆願しに行ってみるか(笑) いや、以前のUPLINKなら、上映してそうな作品だ。最近、ちょっとミーハーに走ってるのだけど、こうした気概のある作品は、是非かけてもらいたいね。



(ネタバレ含む)



 鑑賞後にもうひとつ、監督の松原文枝さんに言ったのは(パンフにサインを頂戴しつつ)、この作品、ハマドンの武勇伝として描かずに、市民運動の勝利を、よりクローズアップして描いたほうが良いのでは?と。
 もちろん、作品としてのインパクトは、ハマドンのほうが訴求力があるのは承知。でも、横浜でのカジノ誘致を白紙撤回に持ちこめたのは、あくまで市民の力だった。今後、他の候補地で誘致反対運動が起こった時でも、ひとりの親分の存在に頼らず、市民の結束で反旗を翻すことが出来るのだと訴えかけられるのではないかとさえ思った。

 横浜以外の候補地が、和歌山なのか大阪なのか長崎なのかは知らないが、トークの中でも、「ナニワのドンが出てこなきゃ」とか、「ハマのドンほどの大人は無理でも、小ドンが何人かいれば」という軽口も出ていた。そうした一人のパーソナリティに頼っていたのではダメなんじゃないかなあ。市民パワーで権力に立ち向かえるのだと、作品を通じて希望を見せることが出来るのではないか。

 一方、横浜市の例は、いろんな幸運が重なった事例だとも思う。
 カジノ誘致の候補地となった山下埠頭を牛耳る港湾業者の取り纏め役、まさにハマのドンとしての藤木の存在があったこともあるが、相手が菅政権だったことも幸いした。2021年、コロナ対応で下手を打っている最中のことだ。現職市長への根回しもなく、新候補の落下傘投入は、どう見ても失策だ。
 映画は、横浜市長選の敗北を持って菅政権が退陣に追い込まれた、それがトドメを刺しかのように締めくくられる。ハマのドン側の大勝利の構図だ。が、そこもハマのドン藤木があまりにも良く描かれ過ぎて薄ら寒い。彼が居なければ、どうなっていたか?居なくても、市民の力で誘致案を覆せたと描くことも出来たのじゃなかろうか。

 本作で面白かったのは、実は背後でアメリカの圧力があったという点を分かりやすく伝えているところ。アメリカのカジノ業界がトランプ政権に働きかけ、その指令が安倍政権に下って法案可決という、なんとも国として自主性のない日本の実態。それが、映像として描かれていた。

 上記の『バラ色の未来』の巻末解説に、こんなクダリがあった;
「カジノを含む統合型リゾート(IR)の整備の推進を政府の責務と定める議員立法は2016年12月15日に、自民党や日本維新の会の賛成多数で成立。これを受けて政府が検討を進め、内閣の法案としてIR実施法案を国会に提出し、2018年7月20日に成立した。
 安部首相は否定するが、この間の2017年2月に米フロリダ州で開かれた日米首脳会談で、ドナルド・トランプ米大統領は、自分の有力支援者であるシェルドン・アデルソン氏の率いるカジノ運営大手「ラスベガス・サンズ」の名前を挙げて、日本でのカジノ免許の付与を真剣に検討するべきだと安倍首相に働きかけたー。米国の調査報道記者は2018年10月にそうのように報じている。
 実際、2016年11月の米大統領選でトランプ氏が当選して2017年1月にその政権がスタートしたのと軌を一にするかのように、前のめりともいえる安倍首相の積極姿勢が目立っている。」
 文字として読んではいたが記憶の彼方だった。本作映像で視覚として改めて補完できてよかった。

 さらに、アメリカからの動きとして、アメリカ在住の日本人カジノ設計者の登場も面白い。なんと、カジノ誘致反対の意見、知恵を授けてくれる。見た目は、存分に胡散臭い風貌のデザイナー氏が、カジノのカラクリを藤木に説くのだ。カジノ誘致で地元が潤うという宣伝文句だが、カジノは客から巻き上げたお金を全て吸い上げ地元還元などはあり得ない、という裏話を披露する。
 そんなことして、今後、彼のところにカジノ設計の依頼は来るのかしら?と心配にもなるが、要は、儲かるのは賭場を牛耳る胴元だけだという昔ながらの斯界の常識が、古今東西、不変で暗黙のルールなのだと改めて分からしめる。このシークエンスは、本作のハイポイントのひとつだったかもしれない。

 そんな情報が遠くアメリカからもたらされるのも、活動のアイコン、ハマドンの存在があってこそというのは否定しない。とはいえ、そこはまず市民運動が盛り上がり、思いを一つにするドンが立ち上がり、市民のひとりとして一緒になって勝利を勝ち取る、主権在民であることを、より分かりやすい図で見たかったかな。
 藤木も「主役は横浜市民、俺はあくまでも脇役」と言っていた。それを、親分の奥ゆかしさを讃えるシーンとして、英雄の決め台詞として見せることなく、主権の存在がどこにあるのかをストーリーを通じ理解させるのがベストだ。難しいとは思うけど。

 上記、『バラ色の未来』の解説は朝日新聞編集員の奥山俊宏氏によるもの。本作の制作はテレビ朝日だ(元々TVのドキュメンタリ番組だった)。監督の松原文枝氏もテレ朝の社員。なるほど、朝日系列で繋がったな。
 当時、安部政権とは遺恨のある松原氏(『報道ステーション』のチーフ・ディレクター時代のこと)。安部の仇を菅で討つ形となったが、この作品で一矢を報いたことだろう。

 面白かった!
YAJ

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