くまちゃん

法廷遊戯のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

法廷遊戯(2023年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

今作は永瀬廉、杉咲花、北村匠海といった華のある三人をメインに据えているが、中身は渋めのリーガルドラマである。ミステリーとしては主要なキャラクターが少ないため意外性はなく、主人公清義は死亡した馨の遺した日記と美玲の告白により真実を知るに至るため、探偵役としては力不足。また複数の事実や証言を組み立てて論証するミステリー特有の爽快感も乏しい。
しかし法律ものとしては流石というべきか、単純明快なストーリーの中にも司法の間隙が盛り込まれある程度の品質は担保されている。原作者五十嵐律人は大手法律事務所に所属する現役の弁護士である。その道を熟知した作家が紡ぐ唯一無二のストーリーテリングは専門性の高さと反比例するかのように法律のハードルを下げてくる。五十嵐律人は今作に法律監修として直接的に参加している。法律の魅力を伝えられる小説を執筆したいというのが五十嵐律人の原初的な思想で、その思いは著作や今作を見れば一目瞭然だろう。

冒頭「無辜」という言葉が提示される。
無辜とは罪のないこと、もしくは罪のない人のことだ。ロースクール生の間では模擬裁判の形式をとった無辜ゲームなるものが流行している。主催するのはスクール在学中に司法試験をパスした優等生結城馨。彼はなぜゲームを始めたのか。

ある日清義は封じたはずの過去が同期生の間に暴露された事を知る。それは自分を育ててくれた児童養護施設の院長を刺したという傷害事件。忌々しい記憶の断片が印刷されたビラが配られたのだ。清義は無辜ゲームの開廷を申し入れる。犯人を暴くため証人として美鈴を指定し、尋問を開始する清義。ここで清義は藤方が犯人であると突き止めるが、その過程が合理的とは言えない。
清義と美鈴は同じ児童養護施設出身であり、2人の間には堅固な絆がある。恋愛という甘酸っぱいものではなく、家族というありきたりなものでもない。犯した罪を共有した同志。お互いが一定の距離を保っているようでいて片方に何かあれば他者を傷つけても守ろうとする過激な共依存状態。

藤方は常にギラついた目で周囲を伺い常に何かしらの癇癪をおこしていた。清義を殺人未遂の犯人がなぜここにいるのかと詰るが、清義もお前のような奴には言われたくないだろう。演じる戸塚純貴はそのキャラと不釣り合いかつアバンギャルドなコボちゃんヘアーなのが逆に怖い。これが戸塚純貴のトレードマークだと言えばそれまでだが仮に藤方として見てみた際、あれだけ粋がってる藤方が何を思ってこのヘアースタイルにしたのだろうか。今作最大の謎である。

脅迫状めいたビラには禍々しい文字とともに天秤のマークが描かれている。また、美鈴のアパートに突き立てられたアイスピックや佐久間家の墓にあったUSBには天秤のチャームが取り付けてある。法律家にとっての天秤とはギリシャ神話に登場する正義の女神テミスを指し示す。脅迫状を送ったのも、天秤チャームのUSBを清義に託したのも馨である。さらに父の死の真相を白日のもとに晒すため美鈴を呼び出した馨の手にはナイフが握られていた。テミスは片手に天秤を、もう片方の手に剣を持っている。つまり結城馨は正義を司るテミスそのものである。
また天秤は正邪を測り、剣は力を象徴する。これは正義と力が法の両論とされるため。同害報復という概念を推奨する馨は文字通り、力と法律によって清義と美鈴を罰する道を選んだのだ。

今作は生瀬勝久や大森南朋、柄本明といった名バイプレーヤーが脇を固めている。主張しすぎない程度の出演時間にも関わらず食傷をおこすほど味が濃い。永瀬廉と北村匠海はその大御所たちを牽引するには少々時期尚早だったのではないか。奴らは映画界に巣食う魔物である。前途有望な若者を丸呑みにしてしまうほどの妖気を放つ。その中で杉咲花は圧倒的な存在感を指し示していた。紅一点というのもあるだろうが、面会室での狂気じみた表現力は見るものを強く惹きつける。小柄な肉体に宿る底知れぬ強大な感受性。そこにいるのはもう回鍋肉を食べるだけの少女ではなかった。
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