シシオリシンシ

BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-のシシオリシンシのレビュー・感想・評価

BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-(2024年製作の映画)
4.0
無限のリヴァイアス
スクライド
プラネテス
ガン×ソード
いずれも我が人生のオールタイムベストに名を連ねるアニメだが、これらの作品はほぼ全て一人の監督の下で生み出された。本作の監督、谷口悟朗である。
そんな私の中で特別な位置にある監督のオリジナル新作が劇場公開とあっては黙っていられない。遅ればせながら観賞の運びとなった。

滅亡を逃れるべく多様な人種へと進化を遂げた人類。分断された東京を舞台に、新宿クラスタを統治するヤクザ(!?)と吸血鬼集団「不滅騎士団」(!?)に追われるサイボーグの青年キサラギが親友の妹ルナルゥと逃亡を図るエンタメ映画。
ニンジャスレイヤーもかくやと言わんばかりのトンデモトンチキ設定だが、そこは谷口悟朗、理路整然とまとめていて上手い具合に整合性のとれた物語に仕上げている。

キャラクターも魅力的かつ谷口作品を見てきたフォロワーなら共通性を見出だせるようになっているので私としては良点。キサラギの親友のクルスはスクライドの君嶋を連想させるし、不滅騎士団の長で本作のラスボスの転法輪はガン×ソードのカギ爪の男を思わせる佇まい、逃がし屋のリーダーのエクアはアクティブレイドの有能合法ロリ隊長の山吹凛と重なるものがある。

成長枠のサブ主人公のルナルゥは、大事な家族の喪失と絶対的な力を前に屈してしまった信念、その信念がより強い柱となるまでの成長の変遷が丁寧に描かれていた。強きに屈せず生きて足掻く、これは谷口悟朗の手掛けた作品に通呈する人生哲学であり、キャラクターが物語でこの境地に達することが谷口作品の共通したカタルシスなのだ。

本作のMVPキャラは吸血鬼集団の下っ端のジャミ。序盤こそ承認欲の強い無能な働き者といった役回りだが、ひょんな流れでキサラギに着いて回り逃亡の一端を担うキーマンに出世。上司に名前も認識番号も覚えてもらえない路傍の石だったジャミが土壇場でキサラギを救い我が身を散らす姿は「マッドマックス 怒りのデスロード」のニュークスのようでボンクラのリベンジ劇としても面白い。(まあ生きてるんですが)

と、物語として纏まっているしキャラクターも魅力的、映像面もCGアニメの進化を感じられて申し分無し、非常に上手い作品…なのだが上手い以上の尖ったものがないというのが翻って本作の致命的な欠点でもある。
尖ったテーマ性の不在というのはコードギアス以後の谷口悟朗が抱える問題であり、整合性のとれた上手い作品は作れても、全盛期のような視聴者に深く刻まれるテーマ性を提示できていないのだ。

『無限のリヴァイアス』なら「極限空間のサバイバルと社会の縮図の変遷」

『スクライド』なら「愚かしくも焦がれて止まない男というものの信念」

『プラネテス』なら「原作を大胆な脚色しながら原作の哲学性をより万人に届けるエンタメ力」

『ガン×ソード』なら「痛快娯楽復讐劇」

『コードギアス』なら「ピカレスクロマンと視聴者を毎週釘付けにするクリフハンガー」

こういった作品を象徴するスバ抜けたテーマ性が近年の作品では見出だせず、近年の谷口作品は見ている間は面白いが後に思い出されたり何度も見返したくなるような波及性は感じられなくなっている。
本作もその例に洩れず、上手い以上の美点を見出だせない作品になっていたのは残念である。

何を強く伝えたいか、どの層に売り込みたいか、本作はそれが終始ぼんやりしていて現在の売れ線に乗るには厳しい作品だと言わざるを得ない。

雇われ監督として請け負った「ONE PIECE FILM RED」で100億の監督となった谷口悟朗だが、全盛期の輝きを知る者としては自身の作家性の総決算となるような本気のオリジナル作品をぶつけて貰いたいと思っているので、この先も彼のアニメ監督としての動向に期待を込めて注視していきたい。
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