ケチャこKechaco

さらば、わが愛/覇王別姫 4KのケチャこKechacoのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます


極彩色で幻想的な画面の演出、壮大な中国史と3人の主役の愛憎を破綻なく書き切った脚本、哀愁があり味わい深い音楽……紛うことなき名作で、本当によく作り込まれた映画。3時間近くの長尺なんだけどテンポがよくてだれず、最後まで見ていられる。
ただやっぱり重たくて救いのない話なので、観ていてやっぱり体力は使う……元気がある時に気合を入れて観てほしい映画。
中国近代の過酷な歴史を生きる蝶衣と小楼、菊仙の人生譚に焦点が当たっているけど、繰り返し観ると蝶衣たちの一座を支える脇役の人たちの悲喜交々や奮闘も見えて愛おしくなる。

遊郭から出て普通の暮らしを夢見た菊仙、最初は京劇に興味がないのが伝わったけど、小楼と蝶衣と長く連れ添うにつれ覇王と虞姫を演じ続ける彼らを自分なりに尊重していったのがよかった。だからこそ文革のシーンで彼らに裏切られたことは彼女自身も相当きつかったんだろうな…‥と思う。特に蝶衣とは少しずつ和解の兆しが見えてきてただけに。
菊仙が悪寒に震え母を求める蝶衣を抱きしめるシーン、菊仙自身も失った子供を蝶衣に重ねてるようで胸がキュッと苦しくなった。


幼少期はまっすぐだった石頭もとい小楼が大人になって俗っぽくなってしまったのは残念だったけど(それでもちゃらんぽらんさとか外面のいい所など含め蝶衣と菊仙が惚れるだろうリアリティはある)普通の人が中国のあの激動の時代の中で最後までしっかり信念を貫けたかと言うと、難しいだろうなという思いもある。それ抜きでも小楼はボンクラだとは思うんだけど。賭けコオロギやってる所とか。
あと小楼、前見た時は蝶衣を愛していないと思っていたんだけど、

・自分の覇王のメイクを結婚した後の菊仙にしてもらってる時『蝶衣ならこうした』と愚痴をこぼした時(蝶衣にやってもらってるのがほぼ当たり前になっている)
・蝶衣が小四に虞姫を取られた時に蝶衣の虞姫じゃないと嫌だと言わんばかりに舞台を降りようとした
・文革で見せしめにされる時、蝶衣が袁と関係を持っていたことをバラした時の声と表情がやけに悲痛だった

これを改めて観た時「だいぶ曖昧な描き方かもだけどもしかすると……??」となった。
もちろん劇中での蝶衣からの愛情表現を小楼はわりと最低なやり方で否定してるんだけど、上を踏まえて最後の二人の劇を見ると妙に気心が知れていて、小楼が最後に蝶衣のことを幼名の小豆子で呼んだのもなんか妙に……辻褄が合うと言うか……
少なくとも「現実と劇は違う」と何度も蝶衣を否定し、離れようとした小楼も、虞姫を愛する覇王を演じ続ける運命からは逃れられなったんだと思う。

蝶衣が最期に自刃したのは、年齢の衰えなどで小楼が覇王を演じられなくなる前に、せめて自分は物語の中で虞姫の運命を全うしようとしたのかなと。
もしくは小楼と「男として生を受け……」と子供の頃の無邪気なやりとりの、幸せな思い出の中で死にたかったようにも思う。

最後に、登場人物たちがほぼ全員悲惨な末路を迎える中で、唯一幸せだったのは京劇の栄光を信じたまま天寿を全うしたグアン師匠だと思った。
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