ストレンジラヴ

さらば、わが愛/覇王別姫 4Kのストレンジラヴのレビュー・感想・評価

4.3
「男として生を受け、女ではなく...さあ、もう一度」

疲れた。どっと疲れた。172分のうち、思うに140分は下拵えだ。その間、1924年の北洋軍閥政権下〜1966年の文化大革命に至る約40年間の激動の中国と、その中に生きる2人の京劇役者を描く。
「覇王別姫」とは京劇の演目のひとつであり、四面楚歌で知られる楚王・項羽と、その寵妃である虞美人の最期を描いている。歌舞伎と同じく、かつて京劇では女性役も男性が「女形」として演じていた。本作もその例外ではない。この女形という考えゆえに、主人公である程蝶衣(演:レスリー・チャン)と段小楼(演:チャン・フォンイー)の性を超えた愛憎が繰り広げられるのである。そしてご多聞に漏れず、所謂各時代のパトロンからの性的強要や、それによって蝶衣がアヘンに溺れながらも舞台に立ち続ける姿が生々しく描かれる。なので視聴開始から2時間超はしんどさが勝り、グロッキーになりながら観ていた。
分水嶺は物語の時代が文化大革命に突入した頃に突然訪れた。中国共産党が「造反有理」を掲げ、旧制打破の姿勢を打ち出したことにより、京劇もまた有害なものと見なされ、蝶衣も小楼も自堕落な存在として紅衛兵に弾圧される。ここでハッと目を見開いた。どちらかと言うと打算的な小楼は、日中戦争後期頃から舞台とは疎遠になり、断絶こそしていないものの文化大革命の頃には化粧が上手く描けなくなっていた。というより、いつも蝶衣に隈取を描いてもらっていた。蝶衣がおらずひとりで隈取を描かなければならなくなり、紅衛兵の罵声が飛び交うなかで悪戦苦闘していると、すっと近付いてくる人影がある。蝶衣だ。その一部の隙もない虞美人としての蝶衣の化粧と、何も物言わず小楼の顔に筆を進めるその姿に僕はため息が溢れ、そして涙さえ流れた。そしてこの後、小楼の妻・菊仙(演:コン・リー)も交えた壮絶な展開が待ち受ける。かくも哀しい物語が未だかつてあっただろうか。そうか、この約30分のためにこれまでの2時間超があったのか。
楚王もさることながら、やはり本作は虞美人あっての物語だ。劇中、序盤にこのような台詞がある。「この舞台に立つために、あの役者は何度殴られたのだろう?」...虞美人に取り憑かれ、虞美人となった蝶衣は文字通り時代の波に殴られ続けた。ある時は絶望し、ある時はアヘンに溺れた。それでもなお、なりふり構わず生きる力が蝶衣にはあり、血を流し、そして血を吐いて舞台に立ち続けた。時代によって旗印が移り変わる舞台の中で、蝶衣が血を流して立った場所には「虞美人」という名の華が咲いていたのである。その美たるや、楚王は確と見届けた。