まぬままおま

走れない人の走り方のまぬままおまのレビュー・感想・評価

走れない人の走り方(2023年製作の映画)
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蘇鈺淳監督・団塚唯我出演作品。

日常を移動しているだけでロードムービーは完成できることを軽やかに語ってみせる本作。それも物語世界における虚構/現実の完成度の高さと往復が巧みだからであろう。

以下、ネタバレ含みます。

グリーンバックやコインランドリー(ぐるぐる回転運動)、撮影現場や映画の制作過程など一見すると虚構/現実を攪乱させる常套手段が駆使されている気がする。だがカメラワークがあまりにも絶妙だから「俗にいうつまらない邦画一般」には成り下がらない。例えば桐子らが打ち合わせをする室内から、別の組が行うオーディション会場への移行をアシスタントの動きにフォローする形で行うのは鮮やかだ。さらにオーディションでは俳優に自分を表現する1から10の数え方をさせるなどアクションとしても見応えがあるし、その数えをアシスタントもやることで虚構と現実の往来をしているのだから素晴らしい。

ただ物語の大筋で特異なことがあるかと言えばよく分からない。「走れない」で語られる不可能は、主演女優のキャスティングが難航しているといった映画制作における困難に収束している。飼い猫の失踪や同居人の出産といった「偶然」も導入されているが、そのディティールも特異だと判断はつかない。また「走り方」も監督が主演をやることであり、それもありきたりでは?と思ってしまった。

しかしやっぱりショットそれ自体の実験精神は面白い。ランティモスみたいな魚眼レンズが採用されていたり、桐子がはじめて自室で過ごすシーンでは、音声イメージと照明で電車が横切ることが表現されている。それが後の洗濯物を干すシーンでみえる電車の横切りと反復し、彼女らが路線沿いの部屋に住んでいることを準備しているのだから凄い。

占いやジョナス・メカスのポスターが貼られているなど興味深い細部もある本作。蘇鈺淳監督のPFF入選作品『豚とふたりのコインランドリー』はみれていないから、私の「ロードムービー」はまだ終わらない。

蛇足
本作のレンタルビデオショップの店員役とラストシーンの劇場で観客として団塚さんが出演している。劇場では桐子が制作した「ロードムービー」が上映されているのだが、団塚さんは寝ている。寝ている!!!この演技は、団塚さんがフレームに長く居続けるためのものなのか、本作が「つまらない」(勝手な邪推です)ことを暗示しているのかは定かではない。
しかしアピチャッポンの映画では寝ることが心地いいとも言っていたから、多分気持ちよく寝ていたんだと結論づけている。そんな遠くの飲み会での思い出と共に。

併映されていた『鏡』についてもレビューする。

『鏡』
ロケーションが凄い。あの異世界の様は奇妙すぎる。

日々の規則とそこからの逸脱の話であることは何となく分かるが、他者とのドラマと関係が十全に描かれているとは思わないし、逸脱の契機もよく分からない。

逸脱の瞬間となった食事のシーンでは、山本奈衣瑠さん演じる主人公(?)とナメで撮られている人物のスプーンの動きが連動していて面白いと思いつつ、最初の食事シーンでは人物たちは各々動いているし、裏では鏡の受け渡しもしているから、その連動(とその強制?)に物語としての意味が付与されているかは分からない。

『走れない人の走り方』でも、物語の大筋の面白さよりカメラワークやロケーションなどのショットそれ自体に面白さがある印象。ラストの鏡を使ったショットは面白かった。