セサミオイル

ミッシングのセサミオイルのネタバレレビュー・内容・結末

ミッシング(2024年製作の映画)
3.4

このレビューはネタバレを含みます

特にネタバレという訳でもないですが、観た方に向けて書きました。

前置き【監督について】

『犬猿』で怒りをエンタメ化し、『空白』では普段から怖い人物を更に我を忘れるほど怒らせ、『神は見返りを求める』では優しくて気の弱い人を怒り狂うまでとことん追い詰め怒らせた。僕はこれらの作品を合わせて勝手に「怒り三部作」と呼んでいる。
監督は怒りという感情を多角的に捉え複数の切り口から掘り下げてきた。

怒りという感情は直面した問題に対しての自己の無力さを悟る事によって湧き上がるものだ。怒ったって泣いたって問題は解決しないのに人は怒る。泣く。
怒れば怒るほど他者の目には滑稽に映ったりするものだがそれでも何故か人は怒るので、全く無意味とも言えなくなってくる。究極的に怒りを募らせたらその先に何かがあるのか?やはり何にもないのか?
監督は映画作りを通してその辺を模索してきたと僕は思っていて今作「ミッシング」でひとつの答えに辿り着いたのでは?と思います。

【ミッシングについて】
この映画には複数の社会問題と個人的な問題が詰まっていてかなり乱暴に大きく分けると失踪した娘の母親とそれ以外の世界となる。
娘の無事を信じる母親と何処かで諦め始めてる周囲。母親が娘探しに入れ込むほど周囲との温度差が色濃く浮かび上がってきます。この温度差が母親を余計に苦悩させ、増して行く一方の負の感情に母親自身が蝕まれてゆく。
しかしこの負の感情は娘への愛情に根付いたものなのでそれが次第に家族に伝わってゆき母親本人も孤独から救われてゆく。
そこが素晴らしい。
怒りのその先に何があるのかはまだ不明だが、何に対して怒っているのかが周りに伝わればそれは時に優しさや愛に繋がってゆくのではないか?
そんな事を思わされました。
監督にはまだまだ人間の感情について深掘りしてもらいたい。

【石原さとみ】
今回彼女自身が見どころになってます。
7年前に自分の立ち位置を変えたいと顔だけ俳優脱却を志し、とうとう夢が叶ったのが今作らしい。体当たりに次ぐ体当たりでなんだかもう技術もへったくれもなくモンスター級のお芝居なのだ。
僕はドライな性格にして子供もいないし、男なので母親役への感情移入は出来なかったが、その代わりに途中から「石原さとみ、挑戦への第一歩」というドキュメンタリーとしてこの映画を観ました。
石原さとみが凄いのでとても見応えありました!

【その他】
弟くん良かったですね。
監督はほんとにスルーされがちな小さな「あるある」を見つけて拡げるのが得意ですよね。弟くんは陰キャあるあるの集大成というキャラでした。分かり易い陰キャで誤解されやすく偏見の目にも晒されてしまいますがそれすらも「あるある」なんですよね。こう言ってはなんですがすごい意地悪なキャラ設定でした。しかし本作ではただのあるあるに留まらずもう一歩先へ踏み込んでくれます。

失踪→捜索→ビラ配りもそうですよね、我々が生きる現実の世界でも皆がそれを見て知っているのに知らないフリ見ないフリを決め込まれてしまう。この映画のメインテーマも多くの人にスルーされがちな事を大きく拡げて見せる映画でした。これは子供っぽい露悪趣味とは大きく異なる。露悪はグロテスクな画像を不意に見せて、見せられた者の嫌がる顔を見て見せた者が喜ぶのが趣旨。
この映画でクローズアップした事象は決してグロテスクな1枚きりの画像などではなく、失望そのもの。他者の悲しみや失意に首を突っ込みたくないわとスルーし続ける多くの人間のほんの小さな罪悪感に切り込んでくるのである。弟くんの存在しかり、ビラ配りしかり。

マスコミの描き方は公平で良かったと思います。そしてここにも沢山のあるあるが散りばめられてます。
というかもはやマスコミを扱った映画あるある。みんなマスコミ(特に上の判断)がいかに薄情で不誠実か知ってるんでしょう?なのにどうしていつまでもマスコミのやる事に一喜一憂してるの?いい加減目を覚ましなさい。と言われてるようだった。
かつて自転車窃盗が流行った時に監督はTVに街頭インタビューされて自転車窃盗どう思いますか?と聞かれたんだって。色々しゃべって「鍵かけないのも悪い」と言ったらそこだけ切り取られて窃盗団のコメントとして使われたという経験があったみたい。ね、マスコミはこれだよ?

音楽はアカデミックな作曲の基本に立ち返るようなピアノと弦の素直な曲でちよっと良かったです!