てっぺい

ミッシングのてっぺいのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
4.0
【裂かれる映画】
娘が失踪、母との間が裂かれる映画。石原さとみの新境地の熱演に、心が引き裂かれ続ける2時間。ダブルミーニングのタイトルが描く重厚ドラマは、見終わるとずっしり心に残る。

◆トリビア
〇本作は、𠮷田監督とのタッグを熱望し続けた石原さとみが、自身の出産後初の映画撮影として1年9カ月ぶりに芝居に臨んだ作品。石原自ら「自分を壊してください」と𠮷田監督に願い出たという。(https://eiga.com/movie/99212/special/)
〇石原は役作りのため、撮影中は体を緩めるためにあえて添加物の多い食事をとったり、髪はシャンプーではなくボディソープで洗ったという。(https://eiga.com/movie/99212/special/)
〇石原は沙織里について次のように語る。「ものごとが好転したと思ったら突き落とされる、そんなジェットコースターのような感情の起伏、心が壊れる瞬間を、撮影を通して「体験」したようでした。ピークのシーンではずっと震えていたし、思い出しても怖いです。」(https://osharetecho.com/column/40365/)
〇石原は、産後復帰の第一作で、子どもと会わない時間が初めてできた撮影について、「突然子どもがいなくなってしまう役だったので、子どもと会えない時間と少し重なり、沙織里の苦しさが安易に想像できてしまい怖くなることも多々ありました。家に帰って子どもをきつく抱きしめることで、心を補充して保っていました。」とその苦悩について語った。(https://telling.asahi.com/article/15227783)
〇中村倫也は、撮影で一番印象的だったことが「(石原が)心身をすり減らしながら芝居をする姿」と明かした。青木崇高は「この役と向き合うこと自体が(第一子出産後の石原にとって)とても怖いことだと思うんです。母親というものの深さ、大きさ、偉大さ、というものを改めて感じました」と語り、石原の“覚悟の演技”を称賛している。(https://eiga.com/news/20240320/5/)
〇豊を演じた青木は「豊は多くを語るわけではなく、やはり沙織里の母親としての愛情が物語のベースです。豊としても僕としても、そこになるべくナチュラルにいることを第一に考えていました。」と語る。(https://osharetecho.com/column/40365/)
○砂田という役は、心苦しい気持ちになることが多かったという中村。「砂田の真ん中にある支柱には、邪な気持ちや妬ましい気持ち、淀みがあって。そういうものを常に内包しながら、口では『おめでとう』『大丈夫ですよ』って言うんですね。演じていて閉塞感に似た苦しさもありました。」(https://gingerweb.jp/timeless/person/article/20240515-missing?heading=5)
〇圭吾を沙緒里とは正反対のイメージでという監督の発想に、演じた森優作は「石原さんの役がものすごく感情があるので、自分は何を考えているのか分からないというか、内に持っているものはあるけど、そこまで出さないようにはしていた」と語った。(https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202405100000819.html)
〇警察署で沙緒里が叫ぶシーンは、もともと台本にはなかった芝居だという。一連の撮影で、石原の演技の温度の高さに、監督の臨機応変な演出が施されており、石原もそれに応えたシーンとなった。(https://eiga.com/movie/99212/interview/)
〇ホームページを見て「また変な書き込みされてるんだけど」と沙緒里がいうシーンがクランクイン一発目の撮影。監督の想定を上回る勢いの涙目演技に、その後の撮影のバランスを考えると、判断が難しかったと監督は話す。(https://eiga.com/movie/99212/interview/)
○喫茶店の場面では通常、主人公らの会話を録音しやすいよう周囲の客は口パクだが、不自然さにやりづらさを感じる石原のために周囲も小声で話して撮影。強い思いで現場に臨み、役に没入している石原の熱量を下げないように気を配ったという。(https://www.tokyo-np.co.jp/article/327374)
〇𠮷田監督が本作の脚本を書く発端としたのは「辛いことや耐えられないことがあったときに、人はいかに折り合いをつけるのか」というテーマだったという。(https://eiga.com/movie/99212/special/)
〇ひたすら店員にクレームをつける買い物客などは、ワークショップオーディションで選ばれた人物。約3000通の応募書類から150人ほどに絞ってワークショップを実施。約30人を採用している。現場では一人一人、持ち物から動きまでを細かく演出したという。(https://eiga.com/news/20240514/3/)

◆概要
【脚本・監督】
「ヒメアノ~ル」吉田恵輔(オリジナル脚本)
【出演】
石原さとみ、中村倫也、青木崇高、森優作、有田麗未、小野花梨、小松和重、細川岳、カトウシンスケ、山本直寛、柳憂怜、美保純
【公開】2024年5月17日
【上映時間】119分

◆ストーリー
沙織里の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じていた。夫の豊とは事件に対する温度差からケンカが絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田を頼る日々。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世間の好奇の目にさらされ続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるように。一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟・圭吾に対する世間の関心を煽るような取材を命じられてしまう。


◆以下ネタバレ


◆MISSING
笑顔で溢れる美羽の姿から、タイトルであるMISSINGが乗り、ビラ配りをする夫婦に映像が切り替わっていく冒頭。まさに美羽が行方不明となる事が本作のテーマである事がここに記されると同時に、振り返ればこれ以降美羽の映像がほぼない事(沙緒里と圭吾の妄想を除いて)から、映像裏に美羽の運命を暗示していたようにも思う。最終目撃者にも関わらず、非協力的な圭吾は、メディアに晒されさらに堕ちていく。沙緒里は必死であるがゆえに、SNSを追って傷つき、悪質な悪戯の被害にあい(警察署のシーンはひどく心が痛む)、次第に心を失っていくよう。豊も沙緒里との温度差や減っていく寄付に悩む。唯一希望の存在として描かれていた砂田も、会社の圧に屈した際には圭吾同様、ガラス越しに卑語を散らす。そんな心を失っていく姿もあれば、SNSで攻撃する輩は心無い人格。タイトルのMISSINGは、そんな心を失う、また心無いという意味でのダブルミーニングにもなっていた。

◆演技力
砂田の意思の強さが垣間見える凛とした眼差しから、ガラス越しに卑語を散らすあの狂気の目、中村倫也の目の演技が素晴らしい。(余談だが、メディアに勤める自分としては、𠮷田監督作品「空白」のそれより本作のメディアの姿がしっかりリサーチが踏まれており腑に落ちた)保護された幼女の母親からの言葉に、青木崇高演じる豊から漏れ出た嗚咽には涙腺崩壊。森優作はハマり役すぎてキャスティング勝ち。そしてなんと言っても石原さとみ。自身の出産後でまさにリンクした役に、ボディシャンプーで髪を洗い、常に口内炎が3つあり、悪夢にもうなされたというエピソードだけでも彼女の疲弊具合が伺える。2時間ものあいだ心の傷みが続き、あの警察署で叫ぶシーンほど心が裂かれるような思いは他の映画に記憶がない。演じた彼女の覚悟にエールを送りたい。

◆折り合い
未知だった圭吾の過去を知り、彼なりの真摯な謝罪を受け止める沙緒里。本作で美羽に涙を流したのは沙織と豊、圭吾の3人であり、ミスリードがちだった前半から、やはり家族が一番美羽の身を案じていたという描写であると同時に、沙緒里にとっては心の穴が一つ消えたシーン。チラシをそっと増刷した工場の爺と、保護された幼女の母親の言葉と、沙緒里たち夫婦に次第に救いがおとずれていく。監督は本作のテーマの一つが、人がいかに折り合いをつけるかだと語っている。美羽が決して戻らない本作が描くのは、その理不尽な不幸の中で、心を失った沙緒里におとずれる救いがその折り合いの手がかりだと訴えるよう。つまり、世のどうしようもない理不尽に遭遇した時、人には心の穴を埋めるきっかけと、心に寄り添うサポートが大切なのだと伝えているように自分は思う。沙緒里がそんな救いを受け、見守る子供にリップロールをしたラストは、心を少し取り戻した彼女が美羽と心で通じあうよう。エンドロールで聞こえた美羽と沙緒里のじゃれる声が、穴をまた一つ埋める事ができた沙緒里の心の記憶のようだった。

◆関連作品
○「空白」('21)
本作同様、吉田監督によるオリジナル脚本。娘を事故で亡くした父の物語。Netflix配信中。
○「ヒメアノ〜ル」('16)
吉田監督の代表作。前半と後半でテイストがガラッと変わる。Netflix配信中。
〇「さんかく」('10)
石原さとみがこの作品を鑑賞して、𠮷田監督に出演を懇願したという。プライムビデオレンタル可。

◆評価(2024年5月17日現在)
Filmarks:★×4.1
Yahoo!検索:★×3.1
映画.com:★×4.2

引用元
https://eiga.com/movie/99212/
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ミッシング_(2024年の映画)
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