Hiroki

ぼくたちの哲学教室のHirokiのレビュー・感想・評価

ぼくたちの哲学教室(2021年製作の映画)
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大好きな元TIFFディレクターの方がおすすめしていてなんとしても観たかった作品。
しかしこのアプリ上では上映館が2館のみ。(私が鑑賞した当時。)
まー内容的にも仕方ないのだけど、さすがに観るのも大変。
ということで久しぶりにあのシネフィルならみんな知ってるであろうミニシアターの聖地みたいな所に行ったのですが、やはり視聴環境的には良くなかったなー。
雰囲気より視聴環境重視なのでなるべく避けていたのだけど...
そして観客のオーラが凄い。
みんなガチすぎる。
バッチバチの緊張感も良いのだけど、どちらかというと映画はもっと気楽にみたいものですねー。

さて今作は“哲学対話”のドキュメンタリー。
個人的に数年前から哲学対話に凄く興味があり、本を読んだり実際に参加したりしているのでまーそれだけでも興味をそそられる。(ちなみに哲学対話に興味を持った方には永井玲衣『水中の哲学者たち』という本おすすめです!)

そして舞台が北アイルランドのベルファスト。映画好きにはケネス・ブラナー『ベルファスト』でお馴染みのあの場所。
まー北アイルランドで必ず出てくるのがいわゆる“北アイルランド紛争”で、今作でもその知識無しには理解する事は難しい。
時間軸としては、今年公開の『イニシェリン島の精霊』の舞台となった1920年周辺のアイルランド独立戦争でアイルランド島はプロテスタント(イギリス人)とカトリック(アイルランド人)が南北に分かれて、北アイルランドの中で少数派として生きるカトリックへの差別と弾圧が続いた。
そして上記『ベルファスト』の1960年代この差別是正のための運動が起きて北アイルランド紛争へと発展。
1998年にベルファスト合意で和平が実現したが、その後も小規模な暴動は続いている。
そーいう地域のとある小学校のお話。

序盤からアイルランド紛争の実際の映像も差し込まれる中で、この小学校のケビン校長はあらゆる問題に対するアプローチとして“哲学”を使う。
特に紛争=争う事に対して小学生たちの些細な喧嘩にも丁寧に、
「どうしてそうなったのか?」
「その行動でよかったのか?」
をひたすら考えさせる。
要はなぜ紛争が起きるのか?というこの地域に課せられた命題を子供たちに問うている。
ここらへんの作りが非常に巧妙。

そして密着している過程で新型コロナウィルスがベルファストをも襲い、学校は休校になる。
ここで思い出したのが東日本大震災の後から子供たちのメンタルケアのために“P4C”(“子供のための哲学”として哲学対話の元となったアメリカ発祥の考え方)を取り入れた宮城県の小学校に密着したドキュメンタリー。
この過程でも密着していた6年生が卒業する間近に新型コロナウィルスの影響で学校が突如休校になる。
その発表を聞いた直後、子供たちは先生に促される事なく自分たちから対話を始める。
「なぜ学校に来れなくなるのか?」
「今の自分たちに出来る事はないのか?」
ゆっくりとだけどしっかり確実に言葉を紡ぎ続ける小学生たちの姿が今でも目に焼き付いている。

きっと北アイルランドでも日本でも、子供たちは自分で考える事ができる。
情報や必要な知識をサポートして、考える事が大切なのだという環境を大人が用意するだけで。
特別な事はきっと何も必要ない。
でもそうではない価値観の大人が非常に多い。
正確にはもっと大切な事があると思い込んでいる大人が...
それでも少なくとも考える事が重要だと信じている大人が、ヨーロッパやアメリカみたいな遠い地だけじゃなくここ日本にも確実に存在している。
それが小さいけどとても力強い希望の光のように感じた。
そしてやっぱり子供たちは未来だから。
私たちが子供たちにどう接するかという事は、未来にどう接しているかという事なんだと思う。

ベルファストの校長ケビンはエルヴィス・プレスリーの大ファンでポスターやグッズをたくさん飾っていた。
エルヴィスはこんな言葉を残している。

「価値観は指紋に似ている。
誰一人として同じものはないが、あらゆる行いの隅々にまでその痕跡を残す。」

2023-42
Hiroki

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