秀ポン

ネクスト・ゴール・ウィンズの秀ポンのレビュー・感想・評価

4.0
フライヤーを見た瞬間に見るのを決めた。
サッカー弱小国の奮闘記、面白そうすぎる。

そんで実際面白かった!
サモアにもサッカーにも興味があるので、最高の映画だった。
チームスポーツ物として超面白い!ダメダメな奴らとときにぶつかりながら絆を深めていく。そして彼らはダメダメなんかじゃなく、彼らの彼ららしさこそが大きな武器なんだと気付く。ラストの試合ではちょっと泣いた。
ただこの試合には一個巨大な理解不能ポイントがあって、それは後で書く。

──主人公の受け入れられ方。

缶拾いおばさんの深そうな言葉に感化される主人公。しかしそれは会長の妻が演じていただけで、彼らが主人公にやる気を出させるための策略だった。
他にも、自然豊かな場所に来たらサークルオブライフだとかハクナマタタだとか言いたくなっちゃう元上司達とか。
会長の息子も白人酋長ものへの皮肉を言っていたけど、エキゾチックな世界に過度な幻想を抱く白人をおちょくる描写が面白かった。

白人酋長ものでは、白人の主人公が現地の人々に施しをしてあげて、主人公が純粋な彼らから安らぎとかを受け取ったりする。アバターとか。
ここでは、現地の人々が主人公を利用する。そういう逞しさというか図太さというかが良い。

そして、主人公が彼らに受け入れられたことを示す演出も良い。
練習初週では、砂場をランニングした後、海に飛び込む選手達に対して、靴を履いた主人公は砂浜で立ち止まっていた。両者の間には渚という境界線が引かれている。
主人公がその境界線を越えるのは、試合2日前のこと。みんなで山に登った後、疲労でおかしくなっちゃった彼をみんなが担いで山を降りる。(ここキリストっぽい)
その後、みんなは気を失った彼を海に浸けて目を覚まさせようとする。
ここで、彼は彼の意思一つで境界線を越えたわけではなくて、共同体からの働きかけによって初めて皆と一緒に海に入ることが出来た。このわきまえたバランスも良い。主人公が何か成し遂げた報酬として共同体に参加できるとかではなく、あくまで迎え入れるかどうかは向こう次第っていう。

──ジャイヤ。

ファファフィネについて、「どういう性であってもそれはその人の大事な個性である」というように、個人の自由と結びつけて語られがちな性の多様性が、「社会を華やかにする」という共同体への利益の面から語られていたのが面白かった。性的指向の話をする際、社会への利益って論点はむしろ保守派が「少子化が〜」とかの形で持ち出してくるイメージなんだが、それを軽やかに越えて行ってる感じがする。
その共同体への利益という視点は仲間のために貢献するチームスポーツの精神と自然に重なる。

ジャイヤと主人公の試合前のやり取りとかもめっちゃ良かった。

──理解不能ポイント。

一個マジで分からなかったのは。「勝利は重要ではない」という終盤での価値観のどんでん返し。
梯子を外された気分だった。
いや、あんたずーっと「1ゴール」って言ってましたやん。
じゃあみんながやって来たことはなんなんだろうと思う。これは誇りを取り戻すための闘いとかではないのか?
一応分かったのは、これはスポ根映画ではないっぽいということ。

絆が深まったりだとか、勝てなくても得られるものはあると思うし、1番根っこの部分では勝敗に価値はないって価値観は理解できる。「結果じゃなくて過程」みたいな。
でも一応勝とうとするポーズは取っておかないと、勝負をする意味がなくなっちゃわない?

じゃあ仮に負けてても、ジャイヤは気持ちよく島を出れたし、ゴールキーパーの彼もトラウマを払拭できてたのか?
じゃあ練習なんてせずにずっと遊んでても良かったってこと?そんで負けて、「今回もダメだったねワハハ」って帰るのでも良かったのか?

もしかして、会長が言ってたのは、「負けても良いけど1点はとれよ」ってことだったのか?
その注文は意味わからんくない?勝とうとしないと1点だって取れないでしょ。とくにサッカーでは。
でも米領サモアの選手達は勝とうとすると体が動かなくなってしまうから、勝つために、あえて勝たなくてもいい素振りをさせてるってこと?これは多分違うよな。まあその辺は一旦置いとく。

とにかく、会長が言ってたのは、負けたとしても1点とれればそれで誇りは回復するってことなんだろうか。多分そうなんだろうな、ずっと「1ゴール」って言ってたし。
でも、やっぱどこまで行ってもサッカーは相手ありきのスポーツじゃんと思う。その1点は自分で勝手に達成する1点じゃなくて、どうしたって相手からもぎ取る1点にならざるを得ない。

繰り返しになるけど、この世に勝ち負けが重要でない類の価値観があるのは分かる。
たとえば映画作りを考えると理解しやすい。別にアカデミー賞とかを勝ち取るためにカメラを回してるわけじゃなくて、今この一瞬を最高の形で捉えたいっていうことでしょ?
でもそれってサッカーにも置き換え可能なのか?
さっきの例で言うと、映画は達成する1点だけど、それってもぎ取る1点に変換しても話は成立するの?

これは否定とかじゃなくて、本当に彼らが何を言ってるのか分からなかった。
本当に勝ち負けがどうでもいいとして、じゃあなんで大会に出たの?ずっと練習してたの?
主人公はよく理解出来たなと思う。勝負の世界にどっぷりだったのに。

自分の中に無い感覚で、映画を観た後しばらく考えてもやっぱり分からなかった。
この疑問は、この映画を観た後に観た『テッドラッソ』シリーズでもずっと感じ続けることになった。

──その他、細かな感想。

・島民みんなが兼業してるってのがめっちゃ面白かった。カメラを置いて会長として振る舞ったりとか、警官兼ストライカーとか。←これめっちゃ良い。

・ザ・キラーのマイケルファスベンダーよりこっちのファスべンダーの方が好き。
娘からの留守電の真相は、明かされるまで全く気づかなかったし、悲しすぎた。

・冒頭での受容の5段階のおちょくりが面白かった。
今まさにショックを受ける主人公を無理矢理5段階に当てはめて受容したことにさせるベルトコンベアみたいなカウンセリング。娘の話の前振りにもなってる。

・サモアの奴ら、みんな戦士の顔つきじゃねえんだよな。フォルムも。荒事が苦手そうすぎる。威嚇の仕方もそれは何?って感じだし。
一方のトンガはめちゃくちゃイカつくて、その対比が笑える。

・ラストの神を経由した話し合いも面白い。

・タイトルシーンも良かった。
親しみやすく、しかし安っぽくはない画面の色彩や文字のフォント。良い意味でのホームビデオ感。

・勝たなくても良いってのはずっと意味がわからなかったけど、リトルミスサンシャインを見てちょっと分かった気もする。しかし、あれとこれは違う話な気もする。
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