ゆず

ナショナル・シアター・ライブ「善き人」のゆずのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

主人公のジョンは、ごく普通の男だった。
金銭的にはおそらくかなり恵まれてる部類の大学教授。
目が悪く認知症も悪化しつつある母。
家事も育児もできない妻。
母の認知症で参っていた時期に書いた安楽死を題材にした小説をヒトラーに気に入られ、時には安楽死は必要で人道的な死である、と世に伝えるため論文を書いてくれ……というような仕事を頼まれることになる。

ヒトラーの考え方に賛同しているわけでもなく、ユダヤ人の友もいて、
けれど危険を犯してまで貫くほどの信念があるではなく、「家族のため」と言いながらナチ党に入ってしまうのだ。
ただ、彼は極悪人などではないし、認められれば舞い上がり、初めての恋に浮かれてしまうただの愚かな男でしかない。
それなりに自分勝手で愚かで、けれど人を怒鳴ったり暴力に訴えたりはしない、普通に善くあろうと努めている男。
ほんと、どこにでもいる普通の人。
友がどれだけ大事でも、自分と家族の方がより大切で、自分のことだけでいっぱいっぱいなんだよね。
ジョンのセリフにどうしても「そんな悠長なことをいってる場合じゃねえんだ!」と思ってしまうけど、この先あんなことが起きるなんて誰が想像できたろうか。想像したとしても「まさかね」とかぶりをふって終わると思う。
こんな状況そんなに長くは続かない、しばらくは辛いだろうが、でも、だからって、虐殺が行われるなんて。

何が待ち受けているかを知っていてもなお、「自分が同じ立場でも似たようなことしかできないのでは」と思ってしまう。
自分のことで手一杯で、保身に走ってしまう人間の、なんと多いことだろう。
こんなのはおかしい、と思った人だってたくさんいたはずなのに、多くの保身や、見ないふり、気づかないふりがつもりにつもってあんなことになってしまうのかな……と思うと、後半ずっと腹の中が重たかった。彼の親友がユダヤ人であるから、余計に。

舞台の上で演じる役者さんがほぼ3人出ずっぱりですごかったなぁ。
衣装も舞台装置も全然派手ではないぶん、演技がすごい。
ここまで複数の役をいったりきたりで演じ分けながらお話を進めていくのも、場面が飛びまくるのも、舞台で見たのは初めて見たと思う。
ここまでモノローグを直接観客に話してくれるのを見たのも初めてだと思う。
おかげでジョンに対しては変な勘ぐりをせずに見れるのでありがたかった。心の声ダダ漏れにされると、どうしても親しみを感じてしまうよな。

ちなみにわたしはアンがめちゃ嫌いだった。悪人ではないし悪気もないが。ああいうタイプもね、いるけどね普通に。そして私も普段やってるけどね、ああいう無責任な慰めとかいいひとのふり……。優しく慰めながら自分にも言い聞かせ暗示をかける。我々に責任はない、善い人間なのだと。ぐうう、嫌いだ。

劇中で流れるBGMが、ジョンにだけ見えている幻覚のバンドが演奏しているものってことになってるのも面白かった(あれは原作からああなのかしら?)
……からの最後の生演奏、実際に生で見てみたかったなぁ~……。

ナショナル・シアター・ライブに限っていえば、今まで見た中では一番むずかしいお話だったように思う。
セリフが早くて頭が追いつかず、何を言わんとしているのかよくわからないまま流した部分がちょいちょいあってくやしい。
再上映することがあったらもう一度見にいきたい。
時間あるときに映画の方も見てみたいな。
ゆず

ゆず