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ナショナル・シアター・ライブ「ベスト・オブ・エネミーズ」のumisodachiのレビュー・感想・評価

4.6


1968年の大統領選前に行われた、保守派のウィリアム・F・バックリー・Jr.とリベラル派のゴア・ビダルによるテレビ討論を描いた演劇作品。

非常に面白かった。何度か行われるテレビ討論シーンを軸に、バックリーJr.とビダルそれぞれの私生活の一場面が差し込まれていく。

まず、討論自体がスリリング。知性と教養のある者同士が、ものすごいスピードで罵り合う様子はダイナミックで、同時に怖くなる。いま日本のテレビで繰り広げられている討論番組なんて比較にならないものの、やはり「弁が立つ人間が言葉を駆使してやる喧嘩」は圧倒的に面白いのだ。殴り合いが好きじゃなくてもボクシングを観て興奮してしまうのと同じで、観ている側もエキサイトしてしまう。ボクシングと違って本作の討論は思想や政治に関わるものであり、ひいては差別や対立につながるものだから厄介。大衆は意図も簡単に扇動されてしまうというのがよくわかる。ボクシングを観ていると自分もあんな風に一緒に動いている気がしてしまうのと同じで、自分も彼らみたいに頭が良くなった気がしちゃうんだもの。

保守派でホモフォビアではありつつも、良き夫、良き父であり、品位を重視するバックリーJr.と、パフォーマンス的な言動が身についていたビダルでは、ああいった討論の際にかかるストレスが全然違っただろうというのもよく表現されていた一方で、色眼鏡で見られてしまうビダルの葛藤にもしっかりと焦点を当てていた。どちらに肩入れするのでもない平等な構成が気持ちが良い。

キング牧師やアレサ・フランクリン、ウォーホールなど歴史上の有名人もたくさん出てくるし、ベトナム戦争などの歴史的な出来事も無理なく話題として組み込まれていく。特に、要所要所で哲学的かつ本質的な問いを投げかけるジェームズ・ボールドウィンが効いていて、彼の存在が本作の討論と社会というものを、現代にも強く影響しているものとして観客に問いかける役割を果たしていると感じた。ジェームズ・ボールドウィンは対立を煽った人ではないと思うので、「対立と扇動」にフィーチャーしたこの芝居の中にあって、天使の声のように私には聞こえた。

日本でも上演できそうだけど、どうだろう。キャスティングするなら……バックリー・Jrを田中哲、ビダルを内野聖陽でどうでしょう?

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