keith中村

私がやりましたのkeith中村のレビュー・感想・評価

私がやりました(2023年製作の映画)
5.0
 今年の劇場鑑賞作140本目。
 
 今年日本で公開されたオゾンの3作品は全部映画館で観てるんだけど、これがいちばん良かった。
 何というか、何でも撮れる器用な監督さんって、歳取ってから「余技とか手癖だけで撮ったんじゃねえの?」みたいに見える軽い作品を撮ることがあって、とはいえそれが滅茶苦茶ウェルメイドってことがありますよね。
 ポランスキーの「おとなのけんか」とか、ワイルダーの「フロント・ページ」とかね。
 オゾンは私より学年がひとつ上なだけなので、ワイルダーやポランスキーがそれらを撮った年齢よりずっと若いんだけど、この人は若い頃からほとんど毎年1本くらいのハイペースで映画を撮ってるんで、フィルモグラフィ的にはポランスキーの「おとなのけんか」、ワイルダーの「フロント・ページ」と同じく20数本目の作品ってことになる。
 
 劇場でもかなり笑いが起こってたし、とてもウェルメイドなコメディでしたね。
 若い頃にビリー・ワイルダー作品をニコニコして観てた頃の感覚と同じものを久しぶりに味わった。終止顔がニヤついてました。
 
 もうリアリティラインの引き方がめっちゃ上手い。
 原作というか、翻案もとは本作の舞台となった1930年代の戯曲らしいんだけど、本作は非常に舞台っぽい。
 戯曲が原作だからと言って、その映画化作品が必ずしも舞台っぽいわけじゃないんだけど、本作は会話劇中心なのと(特に前半)場面がそこそこ限定されてるという、意図的に舞台っぽい演出をしている。つまりはコメディ戯曲のリアリティラインで描いている。
 だから、まあまあ異常なキャラがたくさん出てくる作品なんだけど、それが気にならないというか、その世界に引きずり込まれる。ここも「フロント・ページ」をめっちゃ思い出したところ。
 その意味で、脂が乗ってた頃の三谷幸喜にも通じる。
 
 基本的に若い人は、二人の主人公(と、記者の男の子か)しか出てこない作品なんだけれど、それを支えるベテラン俳優たちが実に楽しんで演ってる感じがいいのね。ほんとに楽しそう。こっちも楽しくなってくる。
 そこへさして、第三幕で満を持してイザベラ・ユペールの登場! 「待ってました!」と声を掛けたくなる。
 楽しそうに演じてたけど、やっぱオーラも半端じゃなかった。全部持ってくわ~。
 
 さっきも書いたけど、原作は1934年の同名戯曲らしく、それでも本作は明らかに今この現代に作られる価値がある社会問題をぶっこんできましたね。そこも見事。
 ちょっと心がざわざわしたのは、冒頭でワインスタイン問題を描いてたのに(この冒頭のプール、やっぱスイミング~か? からマドレーヌさんが家路に着くまでのカット割りの見事さったらなかったですね!)、終盤でマドレーヌが建築家のおっちゃんに色仕掛けを試みるところ。ただ、本作にはユペールさんも出てるし、彼女の主演の「エル」と同じく「自己決定権がある状態での女の武器の行使」は「性的搾取」とは全然違うんだよ、という文脈かと解釈しました。
 
 最初にワイルダーを引き合いに出したんで書くけど、「アパートの鍵」でいうと、搾取され続けてたバクスターが最後の最後で自己決定権を持つ「メンチュ」になるってのにも僅かだけど通じるかな、と思いました。女性にとってのジェンダー搾取って、男性にとっては滅私奉公的な社会ヒエラルキーに置換できるしところもあるしね。
 
 さてさて、そのワイルダーですよ。
 本作では主人公二人が映画館に行くシーンがありましたね。
 そこでかかってるのがワイルダーの「ろくでなし(1934)」ですよ。(今手元にあった、10代で買った1983/3/15発行の「夜想8 亡命者たちのハリウッド」読み返したら「将来が心配な若者」と訳してあった!)
 記念すべきワイルダーの第一回監督作品。
 渡米前のフランス亡命時代にフランスのトキワ荘ことホテル・アンソニアでピーター・ローレやフランツ・ワックスマンと暮らしていた頃です。
 ワイルダーは中期からコメディの旗手の名声が高まるんだけど、初期は暗い映画が多いんですよね。
 ちょうど中間地点のブリッジとなったのが「第十七捕虜収容所」あたりかな。
 だから、「ろくでなし」もまあまあ暗い自動車泥棒の映画。
 なんだけれど、私は「ろくでなし」の引用が、オゾンからワイルダーへの「私もコメディもちゃんとやります!」っていうラブコールだと思えました。
 
 相変わらず焼酎を呷り続けながら書いてるんで、もうこっから先は思いつくままに。
 
 「再現フィルム」のくだりが、ナディア・テレスキウィッツさんのパートではトーキー以降の映画チックで効果音やセリフも同期してるんだけど、ユペールさんのくだりではサイレント風だったのが面白かった。サラ・ベルナールがモデルらしいんだけど、役どころとしては「リナ・ラモント」と同じくトーキーの波に乗り切れなかったサイレント女優だったからね。
 
 本作ではマドレーヌさんがパパン姉妹やヴィオレット・ノジエールなど当時実在した女性犯罪者を引き合いに報道されるシーンがありました。後者ヴィオレット・ノジエールといえば、ユペールさんが若い頃タイトルロールを演じてカンヌの女優賞を獲った映画にもなってましたね。
 
 ってことは、「私の犯罪(Mon Crime)を返して!(=私の栄光を返して)」とユペールさんが乗り込んでくるのも、自虐ネタとも思えて面白くって。
 いやいや、ユペールさんは未だに最前線の現役なんで、全然そんなことはないんですけど、なんかニヤニヤしちゃった。
 
 今年、終盤でユペールさんが出てくる映画としては「EO」(aka「バルタザールどこへ行く」)もありましたね。
 あれはキャスト知らなかったんでびっくりしたけど、こっちは予告で知ってたんで、やっぱ「待ってました!」「たっぷり!」ってなった。
 
 最後の最後でメタな舞台や映画になって終わる映画って、そこそこ多いよね?!
 って言いながら、もう酩酊してるんで全然思いつかない。
 最近では「何者」がそうだっけな。いや、もっと古典にもあるはずだぞ!(どなたか教えてくだされ)

 あと、エンドロール近辺で虚構なのに登場人物たちの後日譚を描くのは、嚆矢は「アメグラ」あたりだっけな?