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わが映画人生 黒澤明監督のニューランドのレビュー・感想・評価

わが映画人生 黒澤明監督(1993年製作の映画)
3.3
『わが映画人生 黒澤明監督』【『愛と希望の街』欄で既述】(3.3p)  及び『わが映画人生 マキノ雅弘監督』(3.7p)

 マキノ雅弘と黒澤明は、映画史に疎い私が個人的にランキングしても(今世紀に入る前辺りまでしかそんな遊びはやってないが)、共に日本映画史上の10人に入る(必ずしも最上位ではないが)位の巨大かつ偉大な作家であると思われるし、世界史というレベルでも、前者は20位迄に入ると思うし、後者も30位内には入るのではないか。前者は傑作の数とアヴェレージで勝るが、後者の『生きる』『七人の侍』に前者の頂上作は追いつかない。しかし小堀の『次郎長三国志』シリーズ9本の平均点を超える後者の作は、先の二本だけだ、並ぶクラスは2.3本あるか。
 しかも、中身の密度やテクニックでも鮮やかさでは似てるのに、並べて語られることは稀だ。支持派がはっきり分離している。個人的には同列·同位に捉えて、内実に変わりはないのだが。話してる内容は、スジ·ヌケ·ドウサ、地道な脚本修行·重視が大事等、共通もしてるが、世界·業界·常識を相手に居丈高に語る黒澤=大島に対し、マキノ=澤井はどこにも異議申立てるでもなく、マイナーな純映画体験と感覚的を語り続けて、割と早く話が尽きる黒澤に対し、終わり等ない感じ。東宝や松竹の幹部候補生からのスタートの黒澤·大島と、大日活のトーキーシステムに対しての弱小マキノのレコード併用システム等、組織もその中の立場も無きようなもの。が、気概と孤塁死守感。個人主義や社会発言等二の次の、映画だけに殉じ一体化してく、無意識の使命感がある。永い子役期から演技丈は見えるも、監督に急遽ピンチヒッター抜擢。思わぬ成功も、ノンクレジットに、全体の行方到達が大事で異は唱えず。次作から数作思い知る、演出才気に走るは邪道。端から確たる才能に瞠目した後輩山中には、弱小マキノに留まらず千恵プロを勧め、大学出でも自分に迫る本数と効率·確度の渡辺邦には畏敬の念。ベストワン栄誉があわただしく続くも、真に誇れるは、山上の脚本の天才を中心に、最高群の結集の『白夜の饗宴』。他にも、移動とサイズ替えカッティングや、俯瞰め他のアングルを、今も覚えてる印象作ら。しかし、今の目からは小国の本の作は味わいが深い。プロデューサーらとの距離は熟考すべきもの。最人気作の『~三国志』シリーズは反響に背を押され続け矢継早連作出来たが、そもそものキャスティングは、当時無名の森繁他譲らず、「豚松殺せ」には強く逆らわなかったが、時代がかけ離れた、興行狙いだけの十作目以降は拒んだ。
 部屋の脇の物を挟み、ズームインとバック、時に少しカメラ位置変え、外へではなく自己の内に自然生まれ育った感覚と経験の、呟きにも聞こえる、しかし、飾りない等身の漏れ出し、留められずの師と、その師を愛しぬき·自己以上に知り尽くしてる弟子。語る内容は、驚きではなく本来の人間の姿勢まで伝えてくる。この師弟は、制限与えねば何日喋り続けていったのだろうか。文章起こしでなく、語りがまんま入ってる、この記録と上映は限りなく価値がある。喋ってる字句の何倍もの何かが伝わってくる。1970年頃から先人たちの証言聞き書きの必要を感じていて、遅れて実践していった大島だが、マキノのインタビュアーにはやはり不向きだったろう。
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