春とヒコーキ土岡哲朗

首の春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

何が大事かも分からなくなって裏切りあう異常秩序。
 

目的の違うやつらが一緒にいる不健全すぎる組織。
信長の「働き次第で跡目は選んだるに」の言葉を皮切りに、みんなが自分の天下を狙って企み出す。
みんな信長に恐怖で支配されてきたけれど、誰も信長のためにとは思っていない。信長のためを思っていた村重が謀反を起こした後から映画が始まり、みんな信長ってついていけないよなと気づいてしまっていて、もう誰も信長のために動きたいと思っていない状態。そんなバラバラの集まりだから、いくらでも崩れていく。

登場人物が情やプライドはあれど、それを捨てて人を裏切る瞬間が何回もある。『アウトレイジ』シリーズよりもみんなルールなく人を殺すので、情や武士道を守っていたら自分が危ない。だから、裏切り御免が当然になっている。みんな悪すぎる。

でも、みんなが悪いのは全部こいつのせいだと思ってしまう、信長のイカレっぷり。
加瀬亮演じる信長がずっと乱暴で休みなく動き回っていた。
声がすごい。加瀬亮、こんな声だっけと思った。どっしりと上に立つ人間の声の出し方じゃない。人を傷つける気しかない、ずっとギザギザした声を出している。村重への「出る幕はにゃあ!」の、これボスとしてみっともないだろと思うくらいの嫌さが特に印象的だった。


ただ、一人だけいっさい信長のせいじゃなく悪かった人間がいる。
中村獅童演じる茂助。
茂助は一発逆転を夢見る農民で、相棒の為三についていく形で戦場に混ざって来る。為三は転がっている武将の首を拾い、これを自分たちの手柄にしてしまおうと息巻くが、茂助は手柄を独り占めするため為三を殺す。信長の乱暴の影響下にいないが、平然と相棒を裏切った。
何がそうさせたかと言えば、「天下取り」。アメリカンドリームの物語だったら、野心が人間を幸せにするものとして映る。でも、茂助は野心に飲まれてまともな人間ではなくなってしまった。この映画の、原罪の瞬間。
天下が茂助をおかしくしたし、信長含め全員、天下に踊らされているんだとも思う。

殺した相手の「首」を証拠として上げることが重要という価値観。
自分の成果を示すのが、相手を殺した証明という乱暴な世界。でも、それは、成果を上げて「出世する」というシステムがあるということ。野蛮なりにちゃんとシステムがある「秩序」を形成している。それが一番不気味。


秀吉は、自分が光秀を討ち取った証拠として光秀の首を家来たちに探させる。目の前に光秀の首があるのに、汚れているから気づかない。生前同じ場にいて何度も関わった、そして「こいつを討ち取ればおれの天下だ」と躍起になって倒した相手なのに、顔を見ても分からない。情がなさすぎる。

そして、「明智が死んだことが分かれば、首なんかどうだっていいんだ!」と光秀の首を蹴っ飛ばして映画が終わる。
こいつらにとっては首が重要なんだな、と思って映画を観ていたのに、それすらも否定されて終わる。なんていい加減な人間性。首を蹴ったらすぐばつっとエンドロールが流れ出して、あっけない終わり方に驚いた。それも含めて突き放された気分。重要視していた首すらもどうでもよくなって、ただ攻撃性と野心だけがある。天下という理由で煽られて、自分の野蛮さに操られていただけの人間たち。


後半からどんどん笑ってしまうシーンが増えていく。こんな残虐なのに笑ってしまうのは登場人物たちが滑稽なのか、それとも観ているこっちが笑われているのか、という感覚にもなった。
大森南朋演じる、秀吉の弟・秀長。兄者についていってへらへらしている薄っぺらい感じが、ギラついて人を裏切るヤツらとはまた違う「タチの悪い人間」で良かった。