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キリエのうたのcalinkolincaのネタバレレビュー・内容・結末

キリエのうた(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

素晴らしかった。

路上シンガー・キリエを中心に、4人の男女の13年間を描いた3時間に渡る一大叙事詩。
時間軸の違うエピソードが入れ替わり立ち替わり出てくる方式の作品だが、そのエピソードに行く前にちゃんとヒント的なものがある構造になっているので簡単なミステリーを解ける人なら頭の中がごちゃごちゃにならず、むしろ謎がひとつずつ解けてゆくよな快感を得られるようになっているのはさすが、岩井俊二。

タイトルの「キリエ」は路上で歌う主人公のことであり、彼女の東日本大震災で行方不明になった姉のことでもある。だから「キリエのうた」は主人公のうたを差すと同時に、彼女が想い続けるもうひとりの「キリエ」のうた=人生を差すものでもあり、入れ子式の構造になっている。

4人全員が主人公とも言える物語の中で、私が特に感情移入してしまったのは行方不明の恋人を探す夏彦の物語。
キリエが主人公の作品ではあるけれど、なんとなく岩井監督は彼を通して、人間なら誰もが持つ「贖罪」の気持ち、そしてその罪の意識を救う物語を描きたかったのではないかと感じた。
罪を犯した、子供の頃に描いた自分の姿とは違えど、ボロボロの姿になってもひとは生きて行かなきゃならないし、その中にもひと握りの光はかならずある。
夏彦にとっては路花が、そして路花のうたがそのひかりだったのではないかー。

夏彦を演じた松村北斗さんの演技がまた素晴らしく、贖罪の気持ちを引きずりながらも生きる、笑顔になってもどこか目が笑っていない現在の姿、暗い過去を持ちながらも日々を淡々と生きる家庭教師の姿(大変な目にあった人も普段は普通に生きている)、路花を引き取りにきたときの優しい兄のような姿、愛しているのに自分が置かれた状況を受け入れられない恋人といるときの後ろめたい心情など、演じ分けが見事だった。
特に恋人への、人間なら隠したい、後ろめたくそんな自分を許すことができない心情を表現する表情と声の演技が素晴らしかった。

なお、彼以外の出演者、演技初挑戦のアイナ・ジ・エンドさんの表現者という肩書がぴったりな歌やダンスのシーンでの表現力、役柄でも演技の面でも彼女をサポートしていた広瀬すずさんの貫禄さえ感じる安定の演技力、黒木華さんの作品の中の優しさや温かさが凝縮された演技も素晴らしかった。

オープニングとラストシーンは、真緖里が見た走馬燈だったのではないだろうか。思い通りにならない人生の中で、キリエのうたがきっと、彼女の中のひかりだったんだ。

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2023.10.14

イッコさんがどうしてあぁいう生活をするようになったかは小説に詳しく書いてあるので、もっと深く知りたい方はぜひ小説を。女を武器に生きたくなかった彼女があのような職業につきあのような末路をたどるところに岩井俊二独特の残酷性を感じました。
そんな彼女がキリエのうたを聴いてポロリとこぼす涙に人生の儚さを感じました。キリエのうたにいちばん救われていたのは、彼女だったのだと思う。

風美さんについては「彼の話を聞いてあげるための人」という印象だったのだけど、FFさんが「彼女は私たちの代表」ということを書いてらして、確かに!と激しくうなずきました。傷ついた人たちを独りよがりにしない「こちら側の人」としても彼女という存在の大切さを感じました。

夏彦に、そんな風美さんという誰にも言えないことを打ち明けられるひとがいてくれて良かった。岩井俊二監督は女性に神聖さを求めているところがあると思うのだけど、その対となる自分の甘さに自責の念でボロボロになる夏彦を松村北斗さんはその弱さをさらけ出すように演じていて。

その3人の真ん中にいるのがキリエ。キリエは風美にとって守るべき弱いものの対象。キリエは夏彦にとって傷であり護るべきひかり。キリエのうたはイッコにとって捨てたはずの自分に帰らせてくれる鍵。みな、キリエに導かれた人たち。「キリエのうた」は音楽に救われた人たちの物語。
キリエ自身も含めて、ね。

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2023.10.27

1回目は夏彦に感情移入していたけど、今回はすごく真緒里に気持ちがいったなぁ。
そしてその真緒里を演じた広瀬すずさんの存在感と確かな演技力よ。
「役者」というよりは「表現者」と言ったほうがしっくりくるアイナさんと北斗さんとのトライアングルに「役者」広瀬すずがいるからこの作品がビシッと締まった気がする。あの貫禄でまだ25歳。末恐ろしい25歳。

「異邦人」を歌う幼い路花を見ているときの夏彦の目の焦点の定まらなさ、妊娠した希と通話しているときの声のうわずり方、路花と話しながら靴紐を直し、泣き崩れる姿。
夏彦が見せた弱さ、ずるさ、それゆえの葛藤、後悔は私たち人間なら皆が持つもので、それを包み隠さず表現してみせた松村北斗さんにもやはりこころ打たれまくって帰ってきた。
特に私がいちばん「松村北斗すごっ...!」て思ったのは、路花の件で東京の警察署に現れた夏彦の覇気のない顔と丸く曲がった背中。
さっきまで希と戯れていた若々しい夏彦の姿はそこになく、丸まった背中で観られるのは時間の経過と30代の夏彦の悲哀を表現していたところ。
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