ハル

キリエのうたのハルのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.8
好きです。最初のシーンから最後の終わり方までまるっと。とんでもない完成度。
エンドロール後深く息を吐いて、客席に沈み込み、そのまま動きたくなかった。現実世界に帰ってくるのになかなか時間を要しました。
『リップヴァンウィンクル〜』に通じる不穏で危うい美しさ。色合いやふわふわした登場人物は「物語」的なのに出てくる感情や痛み、不安定さは妙に身に覚えのあるもので。これが岩井俊二ワールド...と思いました。ずっと浸っていたい。ずぶずぶと沈んでしまいたい。

アイナ・ジ・エンドさん、歌い出した瞬間空気が一変する歌、声はもちろん、表情や仕草にあんなに惹き込まれるとは思っていませんでした。あまりにも希で、あまりにもキリエ。

松村北斗、彼を見に行ったんです。
だけどいつのまにか夏彦が松村北斗であることを忘れ、ただただ彼の抱えているものに思い馳せていました。(一ファンとして彼が夏彦に抜擢されたことの有り難さと誇らしさをかみしめて一瞬だけメタ的な思考になりかけたことをここに告白します。)キリエを通して希にごめんと謝ったあの時、物語は夏彦のもので、松村北斗は松村北斗でなく潮見夏彦でした。それがなんかもうすごくとても本当に嬉しい。ありがとうございます。

Spotifyの対談で岩井さんが言ってた「どこにも辿り着けない旅」というのがこの物語を見ている間ずっと念頭にありました。それぞれがどうにもならなさを抱えていて、正面からそれに抗っていないのが、主体的で在りたい(在るべき)と思っている私からするともやっとする部分ではあった。でもほんとうは、もやっとするのは彼らにではなく自分に内在する「どうにもならなさ」や「流される自分」に対してです。彼らと通じる部分があるから、彼らの話の中に過去はあっても未来がないことが、彼らの未来が描かれていないことが不安です。
どこにも辿り着けない閉塞感。でもだからこそ、あんなに燦く一瞬があるのでしょうか。「死こそ常態 生は愛しき蜃気楼」茨木のり子の詩を連想します。


音楽が良い。ひたすらに良いのでプレイリストを繰り返し聴いています。翌朝オフコース歌いながら洗濯物干してたら秋晴れの庭がいつしかすっかり帯広の冬でした。


・後々引きずったり思い出したりするのが良い映画だと思っている節があるのですが、そんなことはないのかも、と今回考えを改めました。リップヴァンウィンクルがそうだったように、ここがこうでああで良かった、というこの映画の感想は後々思い出せない気がします。たとえ思い出せたとしても言語化した後のそれはもう本質から外れているような。良かった、ということだけ覚えておくことにします。

・震災のシーンは受け止めきれず、無理でした。直視できなかった。

・あの時希はなぜ諦めたのか、なっちゃんはなぜあの時点で泣いたのか、がわからない。主観的な記憶だから?

・いっとき暮らしていた西新宿、新宿駅の景色がまたこの作品を特別なものにしてくれました。モアザン花屋になってるー!
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