ハル

キリエのうたのハルのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.3
珠玉の物語だった。
陽の光に懐かしさと愛おしさを感じられたら、もうそこは岩井俊二ワールド。
タイトルバックの美しさとそこから繋がる幼少期のシークエンスへ一気に惹き込まれ、ノンストップで最後まで。
今作は邦画で3時間、しかもアクションではなくヒューマン・ドラマという超珍しい形式。
ただでさえ長尺が苦手な自分にはとてつもなく高いハードルだったけれど…杞憂に終わる。
体感したことのない深い余韻に包まれ、“痛みと慈しみ”が交互に押し寄せる不思議な感覚。
この世界観を作り出せるのは「オタクをやっていたらいつの間にか監督になっていた」と、自ら公言する岩井俊二監督しかいないと思う。
ボクがバルト9やテアトル新宿へ行く時に通る道がフォーカスされているのも、親近感が湧き嬉しい。

オタク気質の監督ならではのエッセンスが全編満遍なく散りばめられており、広瀬すずのビジュアル、アイナ・ジ・エンドの歌、松村北斗の佇まい…そのどれもが完璧な調和。
まず、広瀬すずだが「何故、これが成立するの?」とこぼしてしまうほど、原色ウイッグや奇抜な服装が馴染んてじまう。
彼女以外に“イッコ”は務まらない。
唯一無二の独自性で観客を魅了していた。

そして、アイナ・ジ・エンド。
本作で映画初主演、本格的な芝居自体初なのかな?
監督が彼女の歌に惚れ込み始まったプロジェクトと聞いたが、頷くばかり。
劇中歌はどれも素晴らしく、心に響き渡る。
圧巻は公園でのライブシーン。
大騒動の中で警察すらもオーディエンスにしてしまう刹那。
本物が全てを凌駕する瞬間はこれ以上ないほどエモーショナルなものだった。
感情もろとも天賦の才にぶち抜かれる。

夏彦を演じた松村北斗には色々共感できる部分もあって、感情移入しながら観てしまった。
「これまで誰にも話したことはないんです…」
そう切り出した言葉は切なく、たまたま知り合った風見(黒木華)だからこそ吐露できたのだろう。
一人では抱えきれない苦しみ、近しい人には話せない事柄ってあるよね。
ただし、彼の言動は女性視点だと感じ方が違うのかも?

ボクが夏彦のパートでお気に入りのシーンはギターを引きながら歌うシーン。
「歌うんですか?」なんて茶化されながら、口ずさむフレーズが半端じゃなくうまかった。
流石の本職!
ビジュアルもそうだけど、声が究極的にかっこいいよね。
『すずめの戸締まり』がリフレイン。

物語が進むにつれ、キリエ&ルカをアイナ・ジ・エンドが演じた理由も明確になっていくし、全てが繋がっていく瞬間は鳥肌モノ。
時系列を前後させる手法は不得意だけど、本作においてはそうしなければならない“意味”が内在されているため、違和感なく受け入れられた。
むしろ、あの表現方法でしかこの感動は生まれないように感じられたし、脱帽のテクニック。
また『音楽の映画』と銘打たれているだけあり、曲をカットせず流すシーンも目立つが、音楽と物語の魅力をフルで表現するのに“3時間”必要だったんだなと納得。
価値を生むための長尺ならば、なんの不満もなし。
ライブ以外で“空気の震える感覚”を久々に味わえたよ。
音楽好きが病みつきになるアレ!

はぁ…この奇跡的な作品を劇場で観られたのは幸甚の至り。
何気なく生活しているように見えても、一人ひとりにオンリーワンの人生があり、そこには想像もつかないようなエピソードが隠されている事を実感。
人生はどこまでも険しく儚く愛おしいものだ。
今がどん底でも、苦しくても、切り開けるのは自分しかいない、抗え。
“世界観そのもの”に惚れてしまう、稀有な作品でした。
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