アニマル泉

PERFECT DAYSのアニマル泉のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
ヴェンダースの最新作で東京国際映画祭オープニング作品。役所広司がカンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した。ヴェンダースが日本の役者で現代の東京を舞台に撮影した。
カラーのスタンダードサイズだ。単眼のカメラ。小津安二郎の世界だ。スタンダードで切り取られる風景が鮮やかだ。ロングショットはグリフィスのようだ。人物を撮る時は全身を収めるサイズが揺るぎない。さらに本作は「樹木」や「影」が重要な主題になっていて、ロングショットは人物の上の樹木まで引き、あるいは田中民は下へ伸びる影まで引く。画面は人物中心ではなく、人物が風景の一部となる。役所広司は平山という小津作品の象徴である役名だ。平山はよく見上げる。そして木と目配せする。あるいは雨模様の空にニコリと挨拶する。毎日、昼休みの公園で「木漏れ日」の写真を撮る。ヴェンダースらしい撮る男だ。そして「木漏れ日」についてラストにクレジットされる。木々から漏れる日差しで、日本人が好むその瞬間にしかない光景。本作は「木漏れ日」の映画とも言える。鉢植えへの毎朝の水まきを欠かさない。平山の過去は描かれない。毎晩見る「夢」は木漏れ日のようであり、顔のようであり、揺らいでズレて判然としないのだが、この映像はまさしくムルナウだ。本作では平山の同じ日常が反復される。平山の毎日は全く同じだ。規則的にひたすら反復される。日曜は同じ日曜が反復される。最初は丁寧に平山の日常が描かれて、その後はテンポを上げた編集で、ただし同じ光景を毎回違うアングルから撮っていく。しかし規則的な日常はわずかな亀裂が起きていく。清掃員のタカシ(柄本時生)が突然辞めて仕事のシフトが狂う。姪のアヤ(中野有沙)が転がり込んでくる。規則的な日常の反復と亀裂はジャームッシュの「パターソン」と方向性が同じなのが実に興味深い。
「樹木」とともに頻出するのが東京スカイツリーだ。両者で「高さ」の主題が強調される。一方でヴェンダースが好きなのが高速道路や電車だ。「直線」の主題だ。「高さ」の垂直と「直線」が本作の骨組みになっている。
少女が出てくるとヴェンダースは活き活きする。アヤを演じた中野有させられるが素晴らしい。アヤの登場で平山の世界は1人から2人になり「並ぶ」光景が頻出することになる。言うまでもなく小津の世界だ。平山とアヤがベンチで並んで同時に飲料を飲むとき、ヴェンダースの小津へのオマージュで至福になる。平山とアヤが自転車で並んで走る並走ショットが美しい。ヴェンダースの至芸だ。平山と三浦友和の夜の川のくだりも2人は並ぶ。しかしこの場面の特筆すべきは「影踏み」である。「影」の主題は映画の根幹に関わる。ヴェンダースは「さすらい」で「影絵」の忘れがたい美しい場面を描いている。本作の「影踏み」は嬉しい。ヴェンダース作品では死に直面する人物がよく出てくるが、本作では三浦友和だ。
平山は公衆便所の清掃員だが「扉」が頻繁に開け閉めされる。「扉」の存在が印象に残った。
「鏡」もヴェンダースの主題だ。平山はトイレの鏡を拭く、便器の細部まで鏡で汚れを確認する。「車」はロードムービーのヴェンダースの十八番だが、社内のバックミラーの使い方やサイドミラーに流れる風景などはいかにもヴェンダースだ。 
ラスト、初めて平山の正面からのアップになる。一番強い、そして小津安二郎が好んだ正面アップだ。これでラストカットだなと分かるヴェンダースの確信犯だ。長いショットだ。美しく力強い。
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