トイレ掃除を生業とする平山さんの一日が冒頭で紹介される。
その労働に対する献身ぶりは、崇高なものを感じさせるほど。
ほとんど言葉を発しない平山さん。そのミニマルな暮らしは凪の海のよう。しかし、海面下で、平山さんの心は常に揺れ動いていたわけで、映画が進むにつれて、水面が波打ってくる。
その波立つ平山さんの心情を、セリフ抜きで丁寧に描いていく。
すべての世界は繋がっているように見えて、別個に存在する。繋がっていない世界がある。
それは正しいのかも。しかし、一度切り離された世界が繋がりを回復することもあるし、そのままずっと繋がっているはずの世界が、あっけなく関係を終えることもある。
関係の途絶と回復が平山さんの心を掻き乱す。
人である限り、まったく波風の立たない生き方なんてできない。
それでも、平山さんは、心乱れる出来事に出逢った翌朝も、森羅万象とシンクロすることで心をリセットし、新たな1日を笑みを浮かべて迎える。
劇中で流れるニーナ・シモンの「Feeling Good」のように。
"新しい夜明けだ/新しい一日だ/新しい人生だ/イエイ"
……と思ったんだけど、そんなに甘いものではなかった。
誰もが過去を抱えていて、なかには痛みを感じる記憶もある。そして、その記憶は、前触れもなく脳裏に甦り心を苛む。
その一連の心の動きを表情で表す、ラストの役所広司のすばらしさ。
ヴェンダースは、さすがに街の切り取り方がうまい。僕が知っている東京がちゃんとスクリーンに映っている。観光用にブロウアウトされた風景ではなく。
あと、音楽の使い方も効果的。平山さんのカーステレオから流れる曲は、ちゃんとシーンと連動している。
しかし、一番インパクトを残したのはカセットテープでかけられるものではなくて、登場人物の一人がギターに合わせて歌った曲だったりする。
この意表をついた感じもいい。
静かだけど、決して退屈しない。期待通りの傑作。