骨折り損

PERFECT DAYSの骨折り損のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.4
いつ始まっても、いつ終わってもいい。

それはさながら人生のように。

人はナラティブにリアリティを求めながら、映画という虚構の世界で被写体に何かが起こることを期待して鑑賞する。それは大きな矛盾を孕んでいる行為だ。分かっていても人はそれをやめられない。

この映画はそんな映画体験の矛盾を超えた先に出会える、ただ一つの奇跡だ。

今作は平山というトイレの清掃員の1日をただひたすらに追っていく。そこに何かがある訳ではない。彼が何か特殊な人でもなければ、変わった状況に身を置いている訳でもない。ただ、彼の生活を観察していると生きるということがなんとも楽しいものだと思えてくる。

一生懸命にトイレを磨く。公園の木の写真を撮る。植物を育てる。本を読む。それを繰り返すだけなのだが、どうにもそれを真似したくなる。なぜだろう、独身の初老男がお世辞にも綺麗とは言えない小さなアパートでひっそりと暮らしているその様に全く哀愁を感じない。むしろどこまでも豊かさを感じる。

平山の日々の繰り返しをいつまでも観ていたいと思いながらいつからか画面を見ていた。それは物語至上主義の脳みそから解き放たれた瞬間だったように思う。展開を期待せず、ただ映画に身を任せながら時間が過ぎる感覚はとても心地の良い体験だった。

改めて、映画を作るのが上手い人は時間を支配する力に長けているなと感じた。鑑賞者がこの二時間、どんな体感時間を過ごすのかを全て明確に計算できているのだろう。時間という手綱をしっかり握れる者だけに許された物語の先の贅沢な世界がそこにはあった。
骨折り損

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