シズヲ

PERFECT DAYSのシズヲのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

ヴィム・ヴェンダースと役所広司の静謐なるセッション。都内でトイレ清掃員として働く寡黙な中年男性の日常を淡々と描いていく。人々が生きる世界はそれぞれに存在し、影は交われば確かに濃さを増す。良い映画というものは常に口数少なく、それでいて豊かな情緒に溢れているのだ。

華やかさも無ければ大きな変化も起こらず、ただ黙々と静かに流れていく日々。それでも主人公は直向きに仕事をこなし、些細な光景に微笑みを浮かべ、毎日に充実しながら生きていく。そこに孤独の閉塞感や満たされぬ鬱屈のようなはなく、彼はただ日々を前向きに受け入れている。役所広司の演じる清掃員の平山さん、非常に理想的な生き方をしている(それは貧困の肯定ではなく、穏やかな達観の境地めいている)。趣味のカセットテープや植物に囲まれ、きっちりと整理された部屋で生活する姿が印象深い。アナログな古アパート暮らしであるにも関わらず、その質素さからは何処か清潔感さえ感じる。

都会の街並みを捉えた映像の美しさ、カセットテープから流れる往年の洋楽と共に本作の静謐で豊かなムードを彩っている。日常の情景を切り取ったようなカットの数々もまた飾らぬ情感を描き出しており、都内の景色が持つ“ごく身近な郷愁”を浮かび上がらせる。雑多で古めかしい下町、その背景に聳え立つスカイツリー、レトロな情緒と地続きに存在する大都会の喧騒……カメラを通して描写される、東京という街の奇妙な色彩。主人公が暮らす自室の均衡した画面構図など、小津安二郎を思わせる匂いが要所要所で漂うのも良い。アナログ感あふれるスタンダード比率の画面も味わい深い。

そして本作が映し出す情景の中に融和する役所広司の寡黙な佇まい、やはりとても良い。口数の少ない主人公がふとした拍子に見せる所作や表情、物静かな作風に豊かな感情表現を齎している。彼の眼差しはいつも穏やかで優しくて、それ故に本作の眼差しもまた温かさに溢れている。銭湯に一人飲みなど、日々のルーティンから漂うささやかな幸福感もまた好き。僅かな変化を伴いながら輝く“木漏れ日”に仮託された情緒と寂寞感が愛おしい。オーバーラップは最初“過去の残像”かと思ってたけど、寧ろ“愛おしい日常の反響”であったことに脱帽させられる。姪っ子と妹との関わりでも過去は語られず、あくまで“現在の姿”にその名残を漂わせる奥ゆかしさ。

ラストの役所広司、今にも泣き出しそうな微笑みのクローズアップがとても印象深い。幸福に満ちてて、何処か切なげで、そうして生きていく侘び寂びを噛み締めていく。そんな彼の姿に“人生の祝福”を感じずにはいられない。全編に渡って漂う心地良さも相俟って、何気ない日々でさえも愛おしくなるような余韻に満ちている。それはそうと平山さん、後輩くんがシフトすっぽかしていきなり仕事辞めたら流石にちょっと口数増えたのはフフってなった。
シズヲ

シズヲ