ICHI

PERFECT DAYSのICHIのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.6
いい映画ってストーリーを追いかけるだけじゃなくて画面を、ショットを、音を、役者の振る舞いを、息づかいを、風景を、情景を、画面が不意に動き出す瞬間を、映画としか言えない得体の知れないものを観る快楽に浸ることを味わせてくれるもので、ベンダースの新作は映画を観る幸福感を存分に堪能出来る素晴らしいものだった。「ベルリン天使の詩」以降の彼の作品はそれ以前の「さすらい」とか「都会のアリス」とか「ハメット」とか「パリテキサス」とか「ことの次第」といった素晴らしい数々の作品に比べてなんか上手くいってない感じだったのだけど、日本を舞台にしたこの作品は「東京画」を彷彿とさせて、そこにはベンダースの小津的な日本のコミュニケーションへの過剰なまでの思い入れが満ちていて、「都会のアリス」を思わせる姪っ子とのエピソードで二人して並んで飲み物を飲んで空を見上げるショットは小津へのオマージュ以外の何物でもなく、スカイツリーはまるでトリフォーの「大人は判ってくれない」エッフェル塔のようで、冒頭の、暁の路上を掃く箒の音に目覚める役所幸司の表情を観た瞬間に、これは傑作に違いないと思い、カセットから流れるルーリードを始めとするロックミュージックにうっとりとし、公衆トイレの清掃員をする初老の男という人物設定から安易に連想されうるトラウマだの世俗の不潔さだの現代社会の絶望感だのを回避して清潔なトイレを嬉しそうに磨き、古本屋で文庫本を買って夜な夜なそれを読み、浅草駅の地下の食堂で酎ハイを飲み、植物に水をあげる毎日の生活、そのルーティンワークは時計だけをおいて行く朝のショットに如実に表れているのだけど、そういう生活がパーフェクトデイズだということ、その裏側に途方もない苦さがあって、それでもパーフェクトデイズだと肯定することの素晴らしさに、おそらくこれが今年観る最後の映画だろうけど、最後にこんな作品を観ることができたことを映画の神様に感謝して浅草の町を自転車で闊歩した役所幸司のように府中から国分寺まで自転車を漕いだ。
ICHI

ICHI