MotelCalifornia

PERFECT DAYSのMotelCaliforniaのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.6
年の瀬にパーフェクトな映画を観た。
最後の仕事を納めて、故郷へ帰る前の日。昼間のうちに大掃除を終え、夕方、近所の映画館で、身近な東京が舞台の豊穣な映画を観る年末。幸せ☺️

元々は渋谷区のトイレプロジェクトのPR企画からスタートした映画なので、出て来るトイレがみーんな綺麗なこと!また、ヴェンダースとの共同脚本家の高崎卓馬氏は、電通の有名クリエイティブ・ディレクターであり、そういった広告的なこの映画の成り立ちに鼻白む人も、もしかしたらいるのかもしれない。でも、僕はそんな枠組みなんかを超えて、これは、不完全な人物の完璧な日々を描いた、完璧な映画だと思った。

役所広司演じる渋谷区のトイレ清掃員、平山。彼のルーティンの紹介に前半1/3が費やされる。
早朝、神社の掃き掃除の音で目を覚まし、身支度をし、植物に水を遣り、缶コーヒーを飲んで、仕事道具を積んだ自動車に乗り込み、朝焼けの中60〜70年代の洋楽をカセットで聴きながら首都高で仕事現場に向かう。平山のトイレ清掃の手際は、彼の几帳面でカスタマイズされた暮らしのままに、丁寧で洗練された仕事ぶり。次から次へと区内の個性的なトイレを渡り歩くなかで、階段の上の神社(代々木八幡宮?)の中の林で昼食を摂る。林のベンチで、彼は毎日フィルムカメラに陽光が降り注ぐ木立の葉の姿を収める。午後の現場を終えたら、帰宅。スカイツリー付近に住む彼は自転車で一番風呂に入りに、近所の銭湯へ向かう。さっぱりした後は、隅田川を越えて浅草の地下鉄改札前にある飲み屋でひとり晩酌する。自転車で帰ったあとは、寝床で文庫本を読みながら、うとうとしてきたら灯りを消して眠りに就き、その日の出来事や木漏れ日が織り混ざったモノクロームの夢をみる。
….これを映画では何度か繰り返す。職場の後輩が登場したり、天候が変わったりはするものの、ひたすら彼のルーティンを反復して見せる。
たまにルーティンとは違うことが起きた、と思うと、その日は休日で、朝出かけたらコインランドリーに数日分の洗濯ものを出し、カメラ屋でプリントしたモノクロ写真を引き取り、その週のフィルムを現像に出す。乾いた洗濯を持って一旦帰宅したら、焼いた写真をセレクトする。セレクト外の写真は破り捨て、残した写真はお菓子の缶にキチンと整理して押し入れにしまう。ラジカセで音楽を聴きながら昼寝をしたあとは、古本屋で次に読む本を選び、一日の最後に向かうのはスナック。というか、石川さゆりがママをやっている小料理屋。そう、石川さゆり!笑(もちろん、劇中では演歌歌手ではなく、ただのママ)。興が乗って来るとママは歌ってくれたりもする。帰宅後はまた読書。そのまま就寝。モノクロの夢。
…と、彼の毎日をただ書き起こしているだけで幸せになってきたんだけど笑、そんな慎ましくも豊かな生活を折り目正しく繰り返す平山。

一定のリズムで、あるおじさんの日常のルーティンを鑑賞する。退屈なようだけど、全く飽きさせないのはなんでだろう?ドキュメンタリーっぽいからかな。同じ日の繰り返しのようだけど、突然毎日少しずつ平山のルーティンに闖入者が登場するせいかな。迷子を見つけたり、後輩の彼女に惑わされたり、後輩に無理矢理付き合わされて下北のカセットショップへ行くことになったり。平山は、そんな日常の乱れに困惑しながら、楽しそうな表情を浮かべてもいる。
そう。平山は無口な男で、前半はまじで滅多に喋らない。喋らないけど、表情と仕草だけで、彼がどんなことを感じて何を思っているのかは、観客にはわかる。
そのせいで、だんだん自分には平山が無声映画時代のチャップリンのように見えてきた。
チャップリン演ずる浮世離れした浮浪者と、めんどくさい人間関係から解放された自由人の平山。なんか天使っぽいという点でも似てるのかも。そういや、ヴェンダースは『ベルリン天使の唄』も撮ってたな。。

物語の後半に差し掛かるタイミングで、ある人物が登場し、平山のルーティンが大きく綻ぶと共に、彼の過去を観客は知ることになる。そして…。

ラスト。
再び日常に戻り、朝日を浴びながらニーナ・シモンの歌うfeeling goodをかけて運転する平山の顔を、カメラは正面から捉え続けるのだが、聞こえて来る歌詞(そんなに難しい英語じゃないので、日本人でも聞き取れる)と、役所広司のなんとも言えない表情の演技の相乗効果で、落涙させられる。
完璧なエンディング。

この顔でカンヌ主演男優賞を獲ったんだなー、と思った(もちろん、そこに至る演技も全て素晴らしかった)。

老齢に差し掛かった独身男性を描く映画という意味では、彼の近作『素晴らしき世界』の主人公も、平山と共通点の多い役どころだったが(あっちはヤクザ者であり、平山とは真逆の人物だけど笑)、役所広司はこういう慎ましい生活者が似合うというか、演じるのが上手いなあと、改めて思う。昔はパリッとした正義感が強めの主役キャラが多かった気がするんだけど、歳とって役の幅が広がってきたのかもね。

映画のキャッチコピー(これも高崎卓馬自身が書いたのかな?)の通りに、「こんなふうに 生きていけたなら」と、映画を観ながら何度も思った。別に多くは望まないけど、自分だけの小さな世界をたいせつに生きていける人に、なりたい。それはちょっぴり寂しいことでもあるんだろうけど。

去年の『ケイコ、目を澄ませて』に続いて、素晴らしい日本映画(監督はドイツ人だけど、本作は完全に日本映画だと言っていいはず)で2023年の映画体験を終えられました。

また来年も素敵な映画にたくさん出会えますように!
みなさんも、良いお年をお迎えください。
MotelCalifornia

MotelCalifornia