thorn

PERFECT DAYSのthornのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

妙な映画だった。

結論からいうと、この作品の1番の美点は、平山がこの状況になった理由や経緯を一才説明しないことにより、ラストの彼の表情に多彩な解釈を齎した点にあると思いました。

トレイラーみてきっとミニマリストの寅さんみたいな話だろうと思ってたら、本当にその通りだった。ただ、それだけでも無いな、というのは前述の脚本の優れた点です。

寅さん(役所広司)の中の情念の炎が、最後にメラメラと、あれは怖いよね。
あの顔、何を考えてるか全然わからないじゃないですか。
本物の寅さん(渥美清)は屈託なかったし、文学を知らなかったから。

主人公のトイレ清掃人平山は、
自閉スペクトラムを思わせるところがあり、特定のものへの執着やこだわり、
習慣を破られると、感情が破綻します。

胡散臭い日本家屋とあわせて(何だあの間接照明は)
不思議な親和性をみせ、
異界のような、不思議な空間を作り出していました

きっとあの東京は、彼の中の東京なのだろうと。

カメラの露光みたいな画面は、まさしくカメラが好きな彼が観る東京の景色そのものなのかも知れない。流石だなあ。

トイレ掃除の仕事も結構真面目に取材して作ってそうな感じ、しかし真面目にやりすぎていない感じ、

ちょっと綺麗すぎる感じがするけど、SFっぽいから違和感を感じなかった。

すこし、文学や音楽に意見を仮託しすぎな感じはした。

テキトーな感じのにいちゃん(柄本時生)に輪をかけて、泣いてる女の子にいきなりキスされても
情緒に理解を見せない幼さのある初老の男
ちょっと異様ですよね トイレの神様か?(古い?)

ただミニマルに日々をこなしてるだけの肉体労働者の男が

実は強いエネルギーを持ってる、というあのラストは、気持ち悪いけど私は好きです。

たしかに序盤からじわじわと、違和感を蓄積してましたからね。

やたらとモテる主人公、カメラの感じとか、めっちゃドライブマイカー的な仕草が多かったように思う。影響受けてるのだろうか。最後の役所広司の顔もドライブマイカーの高槻っぽくないですか?(成瀬巳喜男映画のラストの高峰秀子の微妙な顔も思い出す)

結構観念的で細かく理由づけされてないのも逆に良かった。ヴェンダースは基本的に感じる映画なので、癒されるんですよね。

あの三浦友和演じる飲み屋のママの元夫は、実在する男なのだろうか。平山が、まるで自分自身と語り合っているようではなかっただろうか?
影踏みをする彼らは、まるで理解できない自分の内面を見つめようとするように見えた。影が重なり、濃くなるというのは、自分の内面を覗き込んでいるようだった(怖い)。
三浦友和が影の話を唐突にはじめるが、たしか平山が読んでたフォークナー(でしたっけ?)の中の文章に影の話が出てくるんですよね。
とても印象的なシーンでした。(あくまでもひとつの見方です)
ほら、俺はここにいるよ、と平山は言っているみたいだった。

彼の完璧な日々とは決して皮肉ではなく、描かれるのはその背後にこっそりと隠してある激しい情熱なんだなあと。生のもがきというか、原始的な暴力性ともいえる。あのラストは運転してることもふくめ、すこし示唆的で、怖いのだ。

「こんなふうに生きていけたなら」というコピーは誤解というか、あまり内容を理解されてない方が作ってる気がする。彼はあきらかに「そうせざるを得ない」生き方をしているから。

彼にしかわからない、苦しみや葛藤、そして生きる楽しさ。

柄本くんがいなくなった時の、彼の激しい動揺と怒り。それは習慣を乱されることからくるものだ。感情を抑えられないあの感じ含め、わたしはあのラストとともに、とても怖くなったし、同時に嬉しくもなった。共感、と言っていいのだろうか。感応の方が近い気もするが。映画内世界が観客側の心にすっと入り込んでくる感じがある。彼は、老齢の男性でありながら、明らかな「マイノリティ」なのだ。そしてこの国では「アウトロー」なのだ。彼の最後のあのハンドル捌き笑ってしまいそうになった。

彼はこの仕事をする前に何をしていたのだろう?そしてこれから何をしようとしているのだろうと思わずにいられなかった。

これは私の妄想なので、別に気にされなくても構わないのだが、役所広司さん、平山さんの役は老け役のように見えたんだよね。たとえば彼の年齢を72歳くらいと仮定したら(私の父も72だが、若く見えるのであんな風貌だ)多感な17歳の時には、時代は1968年なのである。学生運動?という文字が頭をチラつくのである。この映画、意外とプロレタリア的でかつラディカルなんじゃないか?と。電通や、大手企業の制作だからといって、はっきり描けないとしたら、このような形で暗に示す可能性もあると思うし。まるで、スターリンの時代のショスタコーヴィチのように。と言ったら言い過ぎか。父親との関係が..というのも頷けるのである。

そうなると、イ・チャンドンのペパーミントキャンディとの類似点も浮かび上がってくる。共通するのは村上春樹だ。俳優の生の生々しさもとても似ている。

想像力を刺激する、素晴らしい演技と脚本。

最後に彼が聴いて涙を流すのは、Nina Simone(!)のFeeling Goodだ。
こんな感じの歌だ。(まるで、学生運動の時代に高校生、大学生が聴いていた、労働歌のようだとは思わないだろうか。そのリズムやサウンドも、闘争を思わせる。この歌はもともと、市民革命を題材としたミュージカルで歌われるスタンダードである。ニーナシモンは、黒人の人権向上を訴えるラディカルな社会活動家でもあった。)

It's a new dawn
新しい夜明け
It's a new day
新しい一日
It's a new life for me
私にとっての門出
And I'm feeling good
最高の気分

Dragonfly out in the sun, you know what I mean, don't you know?
太陽に目が眩む蜻蛉
Butterflies all havin' fun, you know what I mean
蝶が愉快に飛んでいるの
Sleep in peace when day is done, that's what I mean
1日の終わりに、幸福に床につけるだろうか
And this old world is a new world
見知った世界は新鮮だ
And a bold world, for me
"私にとって、差別のない世界"

Stars when you shine, you know how I feel
星があなたを輝かせる、どんな気持ちがするだろう
Scent of the pine, you know how I feel
松の香りがする、どんな気持ちがするだろう
Oh, freedom is mine
まさしく自由だ
And I know how I feel
わたしはどんな感じかわかってる
thorn

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