熊犬

PERFECT DAYSの熊犬のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.9
【言葉にできない何かに、感情が持っていかれる…】

トイレの清掃員として働く無口な中年男性、平山。
スカイツリーの近くのボロアパートに住み、判で押したような一週間を過ごす彼は、仕事では利用者に蔑む様な目で見られ、口ばかり調子がいい後輩は少し面倒くさい奴。
そんな日々であっても、彼は彼なりの楽しみを見出し毎日を生きる。家では拾ってきた植物を育て、古いフィルムカメラで木洩れ日の写真を撮り、カセットテープで古い音楽を聴く。仕事終わりには銭湯に行き、一杯ひっかけて、100円で購入した古本を読みながら眠りにつく。週末にはフィルムを現像し、行きつけのスナックで飲む。
そんな平山の完成された世界と、その移り変わりや周りからの干渉を、巨匠ヴィム・ヴェンダースが丁寧に描く。
…な映画。

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説明できない…本当にうまく説明できないけど、もの凄く深い所に響く、圧倒的な作品だった。

まず何よりも驚異的だと思ったのが、平山という男に対する解像度の高さと理解度の深さ。
ヴィム・ヴェンダース…マジで日本人以上に日本人の事を理解してるんじゃないか…日々の生活が、もう恐ろしく解像度が高くて。
きっと、平山みたいな人はいない。いないんだろうけど、あまりにも解像度が高くて、そして役所広司の平山の理解度と表現力が深くて、一人の存在しないはずの人間が圧倒的存在感で描き出される。

そう、役所広司…本当に凄かった。
平山の過去はあまり多くは語られない。彼の生い立ちや、人生のどこかのタイミングで何かがあったのだろうという所はそれとなく感じ取れるものの、それだけ。ただそれだけなのに、平山の行動や表情からは彼の人生が垣間見える。彼の彼なりの哲学がしっかりと描かれる。彼の感情の動きがありありと感じられ、そして最後のシーン…ここで観客として感情が良くわからない力で圧倒的に揺さぶられた。本当に何気ない、でも、物凄いラストシーン。

多分、平山は自分なりの世界を完成させていて、その中で一人で生きている。だから彼は無口で、ほとんど言葉を発さない。そして、その判で押した様な行動こそが彼なりの他者との関わり方であり、彼なりの独特なコミュニケーションだったりもする。なんか、そういうのあるよね。
ただ、彼の世界は結局は一人では成り立たないから、そのせいで周りの変化に引っ張られることもある。
小さい所だと、例えば行きつけの居酒屋が満席だったり。清掃しているトイレに残されたちょっとしたメモだったり。
大きくは後輩の面倒や、過去に置いてきた家族、あるいは行きつけのスナックの情事だったり。そういう他者からの干渉に時々はイラつき、動揺し、でも時々は彼なりの楽しみを見つける。そんな彼の哲学が垣間見えるのが不思議と面白い。

いや、ここまで書いたものの、本当に何気ないストーリーの映画。今まで僕が観た数少ないヴィム・ヴェンダース監督の映画の中でも、本当に大きな事は起きない映画。にも拘わらず、この力強さ。素晴らしい。

あと、忘れちゃいけない、音楽が良すぎる映画でもある。

■本日のビール『Westvleteren XII』
醸造所:Westvleteren(ベルギー)
完璧なビールを考えた時に全く答えが出なかったんだけど、その可能性がある一つの答えを挙げるなら世界一の評価を取った事もあるこのビールかなと。
ベルギーの修道院で修道士によって作られるウェストヴレテレンのトラピストビール。昔ながらの方法で修道士により醸造されるこのビールは、数々のクラフトビールを抑えて堂々の世界一の評価を得ている、度数12%の最高に素朴で最高に贅沢なビール。またいつか出会える日を夢見て、今日もビールを飲む僕です。
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