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PERFECT DAYSのhasseのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.3
ミニマルな生活の反復の中で発生する差違にフォーカスした映画で真っ先に思い出してしまうシャンタル・アケルマン『ジャンヌ・ディエルマン…』では、反復による差違が主人公を狂わせていく刺激的で文学的な展開であるのに対し、本作では、差違は主人公・平山の生活にぽっと現れ、時に光を、時に影を落として過ぎ去っていく、そんな現象として描かれる。エンドロールの後に紹介される、一瞬の出来事である木漏れ日のような現象。
その現象は決してドラマチックに平山の人生を変えるなんてことはないけれど、平山の感情に少しずつ影響を与えていて、ふとした瞬間にクラッシュする。それがあのラストシーン。ニーナ・シモン"feeling good"をBGMに役所広司が魅せる泣き笑いの絶妙な表情。この表情を真正面からアップで捉えたロングショットが、この映画の全てを物語っている。人生における光と影、ささやかな日々の喜びと消せない過去の悲哀。妹や姪との再会で後ろ暗い過去の記憶、悔恨、やりきれなさが去来するも、それでも今の生活を笑って生きていきたい、という感情の表れか。
このシーンはあまりに象徴的で綺麗するぎるきらいもあるけれど、役所広司の素晴らしい演技も相まって心に染みる最高のシーンだった。平山にとってカセットテープとして大切に所有しているfeeling goodは、たぶん過去の大切な想い出とリンクしているのだろうが、私も今後feeling goodを聞いたらこの最高のシーンがフラッシュバックする身体になった気がする。

正直、シンプルな構造のくせして実は視覚的聴覚的情報量が多く全てを書ききれない作品である。平山が好む音楽、小説のチョイス、日本の都会人にとって憂鬱な朝の通勤を短いロードムービーかのごとく仕上げてしまう監督の手腕、平山が出会う個性的な人々、役者のチョイス(田中ミン、石川さゆり、ワンカットだけ境内で猫と戯れる研ナオコの存在感)等々。

あとは、平山の家の植物を育てている部屋のライトの色味が浮いていてずっと違和感。古い木造アパートと質素な暮らしに似つかわしくない妖しげな紫色。ことあるたびに映される東京の中心的シンボル・スカイツリーのライトアップとリンクして、社会において周縁的な描写をされてしまう平山の仕事、生活にスポットを当てる効果はあるのかも。

ヴェンダース監督は今回万人が共感できるストーリーづくりと人物造形に成功したが、同時に、自分の好きな音楽、文学、日本文化、東京の街並みをフェティッシュに映像に散りばめるバランス感覚もとても優れている。
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